コロナ禍のアメリカ大学留学 〜新学期にアメリカへ帰還〜

留学体験記  2021年12月22日

こんにちは! あんです。大学1・2年目のときには学生ブログライターとしてみなさんに記事をお届けしてきましたが、じつは今年、2021年の5月にアメリカのHollins University(バージニア州)を無事卒業しました!

大学生活の後半や卒業式はコロナの影響によってまったく想像もつかない展開になりましたが、憧れていた大学の卒業生になれたことを、誇りに思っています。

今回の記事から、私のコロナ禍でのアメリカ大学留学の経験をお話ししたいと思います。第1弾はコロナ当初から2020年8月にアメリカに戻るまでのことをお話しします。

閑散とした成田空港
閑散とした成田空港

留学生に与えられた選択肢

大学3年時にドイツに1年間交換留学に行っていた私。3月下旬のある日、アメリカの大学の留学オフィスから電話がかかってきました。

ドイツに残るか、日本に帰るか、あなた次第

3月にはすでにヨーロッパではコロナが広まり始めていたのを、ニュースで耳にしていました。

さらに、オハイオ州から私と同じように交換留学に来ていた友だちが、アメリカに帰国するように大学から強いられたという情報を聞いたり、急いで荷物をまとめて、周りの友だちにさよならを言うことなく帰国する様子を見たりすると、このまま交換留学を続けることができるのか、この先何が起こるのか、不安になりました。

そのときには、もうアメリカは外国人の入国を規制していたので、私がアメリカに戻るという選択肢はありませんでした。

3月下旬、ついに私の元にも大学から電話がかかってきました。

大学側は日本に帰国することを勧めていましたが、それでも私が最後までドイツでの交換留学をやり切りたいという意思を尊重して、ドイツに残る選択肢も与えてくれました。

だれにとっても今後何が起こるかわからない状況で、何が正解かわかりませんでしたが、家族と相談して私の責任でドイツに残ることにしました。

それを大学側に伝えた後すぐに、「帰国する選択肢を与えられた上で自分の意思で残ることを決めたことに同意する」などが書かれた書類にサインをし、無事ドイツで交換留学を続けることができました。

キャンパスへ戻ることを決意

私の大学は、2020年の秋学期はオンラインとハイブリッド(オンラインと対面を組み合わせた授業スタイル。コロナ禍での授業については次回の記事でお話しします)で授業が行われ、学生は100%オンラインで授業を(自宅などから)受けるか、キャンパスに戻るかを決めることができました。

私は3年半で卒業する見込みだったので、その秋学期が大学生活最後のセメスター(学期)になっていました。そのため、どうしても最後のキャンパスライフを友だちと過ごしたかった私は、対面で授業を受けるためアメリカに戻ることを決意しました。

多くのアメリカの大学は8月下旬に秋学期が始まります。通常なら授業開始の数日前に大学に戻りますが、2020年の夏はそうはいきませんでした。

まず、外国人がドイツからアメリカに飛ぶことに規制がかかっていたので、私はドイツから日本に帰り2週間の隔離、それから渡米し、さらに2週間の隔離をする必要がありました。

そのため、隔離に費やす期間と飛行機の予定などを逆算して、予定より1か月半ほど早くドイツを出発することになりました。

冒頭の写真は2020年8月に成田空港で撮ったもの。こんなに空っぽな空港を見るのは、いままでもこれからも最後ではないでしょうか。

いざ渡米! そして隔離

隔離中の私たち
隔離中の私たち

コロナ禍での空港、機内、入国審査、隔離。すべてが初めてで、無事に大学に到着して新学期に間に合うかどうか。とても緊張していました。

15時間の乗り継ぎ

通常、日本から大学近くの空港に行くにはそれなりの選択肢があり、東京からアメリカの主要都市、そしてバージニアへの1回の乗り継ぎのフライトを選ぶこともできました。

でも今回は、ほとんどの便がキャンセルされていたので、飛行機の予約にも一苦労することに。

最終的に、成田→シアトル→アトランタ→バージニアというスケジュールで、シアトルでは15時間の乗り継ぎ待ちをすることになりました。

機内は周りの乗客が見えないほどの空き具合で、マスクの着用が義務化されていましたが、それ以外は通常通り機内食や飲み物も提供され、快適な時間を過ごすことができました。

シアトルでは飛行機の乗客が少なかったこともあり、待ち時間もなくスムーズに入国審査に進むことができました。

入国審査官には、ビザやI-20だけでなく、留学オフィスがサインしてくれたレターや授業のスケジュールの詳細など、普段よりたくさんの書類を提出しました。

大学名や専攻などの基本的な情報に加えて、いままでにオンラインの授業を受講したことがあるかどうかについても聞かれましたが、大学の留学オフィスに言われた通りの書類を準備していたので、とくに問題なく入国することができました(※オンラインのみで授業を実施する大学からは新規のビザが発行されないという事情もあったと思います)。

快適な隔離生活

バージニアに着いてからは、大学のHousing & Residence Life(寮のことを管理するオフィス)が用意してくれた、キャンパスの向かいにあるアパートへUberで直行し、隔離生活をスタートしました。

タオルやスナックは到着時にはそろっていて、毎日の食事や飲み物もドアの前に配達してくれたため、滞在中、何も困ることはありませんでした。

同じ敷地内に、留学生の友だちが隔離していたので、ときどきみんなで外に出てそれぞれのアパートの入り口でご飯を食べたり、ダンスをしたりもしました。ソーシャルディスタンスをしなくてはなりませんでしたが、それでもみんなの顔を見られることがとっても嬉しかったです。

以下、隔離中の食事の写真を載せます。食事は、大学のカフェテリア(食堂)で提供されているものが、テイクアウトボックスに入れられ届けられました。カレー、パスタ、ハンバーガー、メキシカンなど、毎日日替わりの食事を楽しみました。デザートにプリンやクッキー、アイスも入っていました。

隔離中の食事


隔離中の食事
隔離中の食事

コロナ検査、そして引っ越し!

2週間の隔離を終え、いよいよキャンパス内のアパートに引っ越しする日が来ました。でもその前に、まずはコロナ検査です。

隔離を終えた留学生の私たちは、まずキャンパス内にあるヘルスケアセンターへ向かい、コロナの検査を受けました。これは留学生だけでなく、全学生と職員が受けなくてはならないものでした。

ちなみに、この検査はセメスター中もランダムで毎週選ばれた学生が受け、陽性の学生や体調不良の学生は隔離されたりと、感染拡大を防ぐためにいろいろな新しい決まりが設けられていました。キャンパス内では、自分の部屋にいるときと食事中以外はマスクを着用しなくてはいけませんでした。

検査は数分で終わり、そのあとはアパートへ入るための鍵を受け取るチェックインの場所へ向かいました。

すべてのプロセスがすぐに終わり、大学のいろいろなデパートメント(部署)が準備を重ねてきてくれていたのがよくわかりました。

大学生活が再開
大学生活が再開!

まとめ

すべてが初めての出来事で、アメリカに戻ることができるのか最初は不安でした。

けれど、家族や大学のサポートのおかげでスムーズに渡米と隔離を終え、新学期を迎えることができました。

多くの学生が各家からオンラインで授業を受けることにしたので、教授たちはオンラインの学生とキャンパスで授業を受ける学生たち両方に対応した授業プランを立てる必要がありました。

そこで次回の記事では、コロナ禍で授業がどのように行われたのか、その詳細をお話ししたいと思います。

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