「普通の人」こそ留学してほしい理由
「東大よりもハーバード」の真相
「ハーバード大学など、海外の名門大学に進学する学生が増えているらしいので、その件についてお話を聞きたい」ということで、ある雑誌から取材を受けました。
鳩山首相のときにハーバード大学の学長が来日して、「日本人が留学してこない」と言ってマスコミで騒がれたことがありました。
そのころからアメリカの名門大学に注目が集まるようになり、名門大学への留学をめざす塾などもできて、アイビーリーグ(※1)や、名門のリベラルアーツ・カレッジ(※2)に行く人も出てきました。
また、そういう名門大学の在学生や卒業生が、夏休みを利用して日本の各高校をまわったり、各地でキャンプを催したり、ということが増えてきて、「いまでは東大をめざすよりハーバードなんて言う学生もたくさんいるそうですが……」という記者の方の話ですが、私の実感では、それほどでもありません。
※1 アイビーリーグ:アメリカの名門私立大学8校の総称。ハーバード、イェール、コロンビア、ペンシルバニア、ダートマス、ブラウン、コーネル、プリンストンの8大学。
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※2 リベラルアーツ・カレッジ:小規模(学生数が1,000~3,000人くらい)の私立四年制大学。研究よりも「教育」に力を入れていて、幅広い教養を身につけたリーダーを育成する。学生たちは自然に抱かれたキャンパスで寮生活を送る。
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留学生に立ちふさがる名門大学の壁
そもそもアメリカの大学と日本の大学では入学の基準が違います。
帰国子女でもないかぎり、アメリカの高校生が受ける共通テストのSAT®(※3)の国語で高得点をとることは、そう簡単ではありません。日本で偏差値の高い高校に行っている人でも、アメリカの名門大学への合格はきわめてむずかしいのです。
また奨学金をバッチリもらえればいいのですが、入学はOKでも奨学金が出なかったり、少額だったりすることもあって、たとえばハーバードのように学費+寮・食費が約63,000ドル/年といった超高額な費用を、どの家庭でも出せるものではありません。
※3 SAT®:アメリカの高校生が受ける全米標準のテスト。国語(英語)と数学が問われる。
アメリカの名門大学を出て活躍できるか
「アメリカの名門大学へ留学した人たちに、帰国して日本の社会に変革を起こすような活躍を期待できるのか?」というようなことが取材の趣旨だったように思いますが、期待はできないでしょう。
日本がまだ発展途上国だった時代なら、外国から飛び切り新しい考えや技術をもってくることがとても大きな意味があったと思いますが、いまやだれでも世界中のあらゆることをインターネットで見たり知ったりできます。
人間には時間の制約がありますから、すべてを知ることはできません。それで、まぁ自分に都合のよい情報を見たり知ったりしています。
こういう時代のリーダーは、ポピュリズム的なやりかたをする人が選ばれがちです。
アメリカの名門大学を出た人が、冷静に、人類の未来や日本国民のありかたを考えて主張しても、ただの少数意見で終わってしまうでしょう。
また、そういった人たちが、そもそも「日本の社会のため」を考えているかどうかもわかりません。
より人の注目を浴びたいとか、出世したいとか、お金持ちになりたいとかいう個人的な理由で、東大よりハーバードを狙ったのかもしれません。
一人で生きていける力をつけてほしい
やはり中間層の人たちが変わり、成長していくことが、社会をよい方向へ変革していくうえで大切なことだと思います。
数年前から、私のところに相談に来る人たちの中に、母一人・子一人、あるいは母子家庭といった人が増えているように思います。
お母さんが本当にがんばっているんです。
決して、子どもを東大へ行かせたいとか名門大学へ留学させたいと考えているのではありません。自分自身で考えて、一人でどこででも生きていけるようになってほしいと思っているのです。
お金に限界のある人も、もちろんたくさんいます。
そういう人には、放送大学で単位をとってアメリカの大学に編入することで卒業までの期間を短くしたり、高校を出て本人が少し働いてお金を貯めるなど、留学を実現させるためのさまざまな方法を、留学カウンセリングを通じてお伝えしています。
すると母子で一生懸命に考えて、留学の夢をかなえようとします。
一方で、娘を、自分で稼いで生きていけるようにしたいと考えている父親が、少数ですが出てきています。
娘はよいところへ嫁にやりたいという親がいまでも多いと思いますが、これからの時代は予測が不可能なので、女の子でも、自分の力で、ちゃんとお金を稼いで生きていってほしいと思う親も増えています。
お父さん自身が社会の変化を肌で感じているのです。それで普通の大学でもいいから、留学してちゃんと力をつけてほしいと考えているのです。
普通の人が声を上げることで世の中は変わる
こういった人が増えてくれば、日本の保活だとか受験だとか就活なども、もっと違ったかたちになっていくのではないかと思います。
みんなどこかで、保活や受験、就活のありかたに対して、おかしいんじゃないの? と思っているはずなんです。でも、みんなやっているから、というところから抜け出せないでいます。
普通の人が、おかしいことをおかしいと声を上げていけるようになれば、変革もあり得るでしょう。
だからこそ、普通の人に留学をしてほしい。多くの人に世界を見てきてほしいと思います。
何かちょっとおおげさな話になってきましたが、やっぱりエリートを育成するより、普通の人を応援するほうが、私的にはおもしろいのです。
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著者情報:栄 陽子プロフィール
栄 陽子留学研究所所長
留学カウンセラー、国際教育評論家
1971年セントラルミシガン大学大学院の教育学修士課程を修了。帰国後、1972年に日本でアメリカ正規留学専門の留学カウンセリングを立ち上げ、東京、大阪、ボストンにオフィスを開設。これまでに4万人に留学カウンセリングを行い、留学指導では1万人以上の留学を成功させてきた。
近年は、「林先生が驚いた!世界の天才教育 林修のワールドエデュケーション」や「ABEMA 変わる報道番組#アベプラ」などにも出演。
『留学・アメリカ名門大学への道 』『留学・アメリカ大学への道』『留学・アメリカ高校への道』『留学・アメリカ大学院への道』(三修社)、『ハーバード大学はどんな学生を望んでいるのか?(ワニブックスPLUS新書)』、ベストセラー『留学で人生を棒に振る日本人』『子供を“バイリンガル”にしたければ、こう育てなさい!』 (扶桑社)など、網羅的なものから独自の切り口のものまで、留学・国際教育関係の著作は30冊以上。 » 栄陽子の著作物一覧(amazon)
平成5年には、米メリー・ボルドウィン大学理事就任。ティール大学より名誉博士号を授与される。教育分野での功績を称えられ、エンディコット大学栄誉賞、サリバン賞、メダル・オブ・メリット(米工ルマイラ大学)などを受賞。