留学の幻想を振り払う 後編 ~アメリカの学生生活は甘くない~

このページが気に入ったら→ 

入学した途端に転校したい―「アホかいな」

九月になると送り出した留学生から「転校したい」という電話が、毎年何件かある。「入った途端から転校のことを言うな、このアホ」と叱ったり、「勉強が大変なんはみんな同じやねん」と慰めたり。

TOEFL®のスコアが80点以上で、英語に自信を持って留学した学生が最初に打ちのめされる。「ぜんぜん授業がわかりません」と半泣きになって電話してくる。帰りたいとは言わないけれども、どうしていいかわからなくなっている。「偉いねあんたは。ようできるね。」と、まわりもほめているし、本人も自負して出かけている。

わかると思っていたら、授業がぜんぜんわからないのだからショックも大きい。自信を粉々にされて、勉強についていけないから軽いノイローゼになってしまう。

みんなに共通してるのは、目が見えない、口が聞けない、耳が聞こえないような状況で、もう息していることさえ苦しくなる。そういうときに、本当に一人でいいからスローな英語で話してくれて、一緒にいてくれる友だちができたらすべてが解決する。

「一人でも友だちができると、その学校ぐらいいいところはないと思えるようになる。ほんまにそうなのよ。」

以前、私のところでアルバイトしていた男の子も、留学した途端に「転校したい」と電話かけてきた。「何を言うてるか、アホ」と何度も叱られて、それでちゃんとボストン大学を卒業して帰ってきた。

その子が、留学生から電話がかかってくると「行った途端から、転校のことなんか考えなさんな」と言っている。「僕も同じだった」とは、留学して成功して帰ってきた誰もが認めている。隣の芝生は青い、ではないけれど、すごく苦しい状況に追い込まれると、他の大学が良く見えて、大学を替えれば解決すると錯覚する。

「何かの縁で入った大学や、ともかく一人でも友だちができるかどうかがカギや。」

何を言っても、ともかく落ち着いてやってくれればいいのだけれど、やっぱりダメになるのが毎年何人かいる。大学院に留学するのは大人なのでめったにいないが、大学生は最初の一年でダメになる子がいる。勝負は最初の一年でついてしまう。

それから、せっかく順調にいっているのに、たまに気を抜く学生がいる。二年生ぐらいまでは、カチカチに緊張してハードに勉強する。ところが三年目ぐらいになると、英語にも慣れてくる。

アメリカの授業でノートの取り方も、レポートの書き方のコツもわかって、結構なめてかかるというのか油断するのか、悪い成績を取ってしまったり、あるいはマリファナに手を出して帰されてくる。

高校の寮はフラストレーションの塊

中学生に「どうして留学したいの」って聞くと、ほとんどが「英語ベラペラになりたい」と言う。英語だけが目的だったら、高校留学はリスクが大きすぎる。

高校に三年間留学して、英語力がどのくらい伸びるかというと、たいした成果は得られないのが現実。アメリカで育てば三歳の子どもだって英語を話す。でも内容は三歳の子の能力で判断できることだけ。「おしっこに行きたい」、「おなかがすいた、何か食べたい」という程度の言葉でしかない。

「英語は若いうちに始めるほどモノになる。高校から留学すれば、簡単にマスターできる」と信じられているが、日本の高校生の使う日本語と同じようなもので、小学生よりは少しましな程度でしかない。

確かに、しばらくアメリカで暮らすと、アメリカ人と同じようなパフォーマンスはできるようになる。英語の発音もアメリカ人並みになる。内容はといえば、「あの子、かっこええやんか!」程度のことでしかない。

高校に留学するとなると、ホームステイ先を見つけるか、ボーディングスクール(Boarding School = 寮制の学校)に行くことになる。ホームステイ先ではファミリーの一人として、それなりの役割を負担しなくてはならない。日本の親のように、手取り足取り何でもやってくれるようなことは絶対にない。

アメリカは日本のようなお子様社会ではないから、子どもだからと甘やかされることもない。日本の高校生よりも制限の多い生活を強いられる。

ボーディングスクールの生活はもっと厳しい。二四時間、学校の敷地から一歩も外に出られず、決められた規則のなかでの生活は確かに「監獄」に等しい。

子どもには自由になるお金さえ持たせない。学校で必要な制服やスポーツのチームのTシャツ、教科書、鉛筆類とかちょっとしたお菓子、スナックみたいなものは、すべて学校の購買部でツケで買う。

学校のスクールバンク(学校内の生徒専用口座)に、親は例えば一〇〇〇ドルくらい預けておくので、購買部でのツケはそこから差し引かれ、明細は親に送られる。

現金が必要なときには、例えば、友だちのところへ行くので交通費とお小遣いがいるというのであれば、親が「一〇〇ドル持たせてほしい」と学校に連絡する。親からの電話がなければ、スクールバンクからお金を引き出せない。

外泊するときも、親が学校に連絡して許可をもらう。同級生の親の車には乗ってもいいが、それ以外の車に乗ってはいけないなど、入学のときにいろいろとルールが決められる。

日本で甘やかされて育った子どもには、本当に厳しい環境である。息子をボーディングスクールに留学させようと中学三年生のときに連れていき、この高校に進学したらどうかと勧めたとき、「すばらしい教育環境だけど、俺一日であご出すよ。こんなところで何するんだ」と名台詞を言った。これはある意味で正解といえる。

都会の生活に慣れていたら、山の中でのキャンプ生活みたいな、ボーディングスクールは、不自由で退屈な環境に感じる。留学生は言葉のハンディもあるから、慣れるまでは精神的に本当に大変。アメリカの学校は自由だなんて勘違いしていたらすぐに音を上げる。

息子は高校二年生のときに自分で選択してボーディングスクールに留学したのだが、最初は想像以上に辛かったようで、電話の声がいつもとんがっていた。

それに難しい年ごろで精神的に不安定なのは、日本の子もアメリカの子も同じ。寮はそういうガキの集まりだから、フラストレーションの塊みたいになっている。

アメリカ人の子どもたちも規則正しい生活を強いられて不自由で、キーキーしているから、腹が立ったときには、もたもたしてる日本人を見つけたら「おまえの英語を聞いてると吐きそうになるからもの言うな。イエローモンキーのバカ」と、もうメチャクチャなことを言ってわめくこともある。

大学生くらいになれば感情をコントロールすることもできるし、それにまわりも大人になるし、自分も大人になるから節度のある付き合いもできる。でも高校生は日本人もアメリカ人も子ども。ガキの集団だから、何が起きても不思議はない。

今はどこに行っても日本人留学生が何人かいるから、集まるとアメリカ人の悪口になる。日本人にも英語しかしゃべらない学生もいるから、「あいつやなヤツだ、格好つけやがって」なんてことになる。

日本人で集まって悪口ばかり言っていると、心ある子は「俺は何をやってるんだ。人の悪口ばっかり言って。アメリカまできて日本人とばっかり話して」と自己嫌悪に陥る。精神的に苦しくなって「俺は何のためにアメリカにいるんだ、もう日本に帰りたい」というように落ち込んでいく。

アメリカの高校生はちっとも自由じゃない

高校生の留学は一年で一割ぐらい送り返される。やはりまだ子どもで、精神力が弱いからだ。送り返されてくる理由はといえば、学校にもルームメイトにも溶け込めずに、部屋に閉じこもって一人でテレビゲームをしているとか、日本にいたときのように自分を発散させる場がなくて、部屋で泣きわめくとかだ。

精神が不安定だから勉強も手につかず、ひどい成績を取る。いずれにしても、フラストレーションがたまって、自分で自分をコントロールできなくなってしまう。

授業もわからない、食事はまずい、田舎に学校があって自由に出かけられない。自分の好きなものをコンビニで買って食べて、勝手なこと言って、わがまま放題な生活ができないからイライラする。

本人はそういうつもりはなくても、不満ばかり言って「とがった顔」をしている。そんな子と誰も付き合いたくないから、みんなから煙たがられてしまう。食堂へ行っても誰も話しかけないので、しかたなく、一人で食事をする。

例えば、私がいつもニコニコしているので、「陽子さんのところへ行けば、楽しくて、なんかおもしろいことがありそう」なんて感じで、訪ねてくれる人がたくさんいる。

それが、いつもとんがった顔して不満をまき散らしていたら、誰も会いたいとも思わない。用事があるときだけ「しょうがない、話しにいってくるか」と、いやいや訪ねてくる。「あいつといると、こっちまで気分がうっとうしくなる」と感じるのは、子どもも大人も関係ない。

それでも幼なじみや気心の知れた友だちなら、「最近あいつ変だぞ、慰めてやるか」と受け止めてくれるかもしれないが、そういう友だちがいないところではますます孤立してしまう。悪循環でもうがんじがらめになって、先生や友だちを殴ってしまう子もいる。

同じ学校でもぜんぜん問題ない子もいる。でもうまくいかない子にとっては、そこは地獄のようなところだから、「思っていたところと違った。先生がすごく自分を非難した、ルームメー卜が辛くあたった」といろいろなことを言う。

でもそれもちょっと怪しい。そこまで英語がわかっているかどうか。先生やクラスメートがジョークで言った可能性も十分あるのに、一言が気に障ったり、腹が立って殴ってしまう。おもしろくないからと自分をコントロールできないのは、やっぱり子どもなのだ。

日本に帰されてくると、「学校がちっとも親切でなかった。ルームメイトがいやなヤツだったからうまくいかなかった。別の学校ならうまくいくから、転校したい」と言う。私に言わせれば、学校ではなくって、本人に問題があるのだから転校しても解決しない。また同じようなことを繰り返すだろうと思う。

日本の子どもは、自分で解決しなさいと突き放されたこともない。「自分で選択しなさい、自分で考えなさい」という教育を受けていない。自分で選んでいなくても、小学校が終わったら中学、中学から高校に行き、高校で受験戦争に耐えて大学に進学する。親の指示どおりに小学生のときに一生懸命勉強して、付属の中学に入って、あとは適当に遊んでエスカレーターで大学まで進む。

自分で生き方を決めて開拓していくとなると、大変なことは子どもだってウスウス気がついているので、両親が導いてくれたり、先生の教えどおりの道を歩く。いずれにしても自分の意志とあまり関係なく歩いている。

それで何かうまくいかないことが起こると、いつも他人のせいにする。悪いのは親か先生、あるいは国家に押しつけて、だから自分はこうなったと開き直る。留学したところ勉強が大変で、毎日が苦しくて「誰かのせいにしなきゃ気がすまへんから、陽子先生を恨み通した」という学生もいる。

今年も三人戻ってきたから「何が気にいらんかったか知らんけれども、別の学校へ転校しても同じことするやろ。日本の先生が全員、あんたのことを好きだったか。いつも担任とけんかしてたんと違うか?気にいらん先生やクラスメートがいるのは当たり前のことや。そんなの学校替わったからって同じや」と叱ると、すごく考えて「もう行くのよそうかな」と言う。

以前、同じように帰されてきた子は、日本で工場に勤めたり、旅行会社でアルバイトをしていたが、「中卒の学歴と今のままの知識では、限界があると痛感した。もう一度留学したい。今度こそチャンスを生かしたい」と相談にきた。

いろんな経験をして大検にパスし、本人も成長していたから、今ではアメリカの大学にうまく適応している。はっきり言って、本人が変わらなかったら、転校しても問題は必ず起きる。

もちろん、高校留学みんなに問題があるのではない。私の研究所から飛び発った九割の学生はそれぞれのハードルを越えて立派に留学を成功させている。ただし、事前の留学に対する考えと準備がとても大切なのだ。

精神的にタフでないとパニックを起こす

アメリカの学校は勉強が大変だ。日本の大学では一応講義を聞いてちょっちょっと覚えて、試験のときにいい点数を取れば及第できる。

アメリカの大学では泣いても笑っても、Cを二学期続けて下回ったら退学になる。

「じゃ、Cの平均って何点ですか」って聞かれるので、「七〇点です」と答えるとみんな仰天する。七〇点平均を割ったら退学になるというと、ほとんどの親は声を失う。

アメリカの一学期は一五週間ぐらいしかない。その間に大量の資料を読まなければならない。宿題も山ほど出る。七週間ぐらいで中間テストを受けて、そのうえに自分の考えをまとめてレポートを提出する。そういう一四、五週間を過ごして期末テストを迎える。

レポート、テストが総合的に評価され、C平均を割ると「プロベーション(Probation)=仮及第」となる。次の学期でさらにC平均以下だと退学である。

州立のマンモス大学だと一クラスに一〇〇人、多いところでは三〇〇人もいる。階段教室でティーチングアシスタント、通称TA(助手の大学院生)がマイク片手に教えるところもある。担当教授がついて個人指導してくれるわけでもない。全科目で七〇点平均を維持するのは、本当に大変だ。

アメリカの授業はスピードが早いから、一回休むと授業がさっぱりわからなくなる。日本の学校と同じように考えて、朝起きられなかったからと授業を休んでいては、絶対についていけなくなる。

それに日本の子どもはぜいたくな国の中でのんびり、おっとり育てられているので、生きることに関して幼い。高校を卒業したばかりの一八歳くらいの子は、世の中のことは何もわからない赤ん坊みたいなもので、アメリカの学生と対等に戦える能力を持っていない。精神的にまいって、途中で日本に帰ってくる学生が何人かいる。

私が大学院に留学していたときに後輩が頼ってきたのだが、彼女も精神的に耐えられなくなり一年半くらいで日本に帰ってしまった。

優秀な生徒の集まるトップの州立大学の学生は、親に経済力があったり、奨学金をもらっていたりで、比較的のんびり、おっとりしている。でも二番手、三番手の州立大学には、工場で働いて貯めたお金で、勉強しているという学生もいる。

感覚としては確かに偉い。働いてお金を貯めて、大学で勉強するのは非常に立派である。ところが、女子学生の目的の一つは結婚相手探し。

アメリカでは工場で働いている限りは、工員さんとしか巡り合わない。そこから抜け出したいと思えば、大卒の男と結婚するか、大学を卒業して、工場以外の就職先を見つけるしかない。

「男を探さなあかん、勉強もしなきゃならん」で、それぞれ自分の生活で精一杯だから留学生に親切にする余裕もない。私のセントラルミシガン大学留学時代、私を頼ってきた後輩は、ルームメートが男の子を連れてきて、「悪いけどあなた、一二時まで図書館に行ってて」と言われていた。

「ノー」とパーンと一言いたいが、友だちとして付き合ってもらえなくなるのが怖いからと、図書館で時間をつぶすしかない。大学でダンスパーティーがあっても、誘ってくれる男の子がいないと取り残される。こういうことに直面して、後輩もずいぶんと落ち込んでいた。

それにアメリカには、本当にいろいろなレベルの人がいるから、「ノー」と言えないと後味の悪い経験をする。例えばタバコを吸っていると、「タバコ持ってる?」と寄ってくる。「うん、持ってるよ」と言うと「一本ちょうだい」と持っていく。

自動販売機でコーラを買っていると、「小銭持ってる?」と聞かれる。「持ってるよ」と貸しても、絶対に返さない。平気な顔して何度もせびってくる。五回目くらいになって初めて「あっ、いつもたかられているんだ」と気がつく。

私が留学したときに、ホストファミリーの紹介で、ダウケミカル社で働いていた日本人に会ったときに、その人は開口一番「アメリカに着いたばかりで、何もわからないかもしれませんが、僕の知っている日本の女性で、卒業した人はいませんよ」と言い放った。

初対面で強烈なことを言われたので、私はカチンときた。「どういう意味ですか」と聞き返すと、「まだ、わからないかもしれませんけど、日本人の若い女性はもたないんですよ。僕が見てきて、まともに卒業できた人なんていません。みんなダメになって帰りますから、あなたも気をつけたほうがいいですよ。」

「ずいぶん失礼な人や」と思ったが、あとからその人の言った意味がよくわかった。

マンモス大学の忙しくて余裕のないアメリカ人たちとは生活のぺースが合わない。同等にやっていくのは大変なので、つい留学生だけの世界を作ってしまう。そうなると、マンモス大学には三〇〇人くらいの留学生がいるから、「あの子、最近中国人の男とひっついた」と、ほとんどそういう世界。

こういうことからもマンモス大学で生き抜くには、よっぽどタフでないと生き残れない。

女子校でおっとりと育った後輩も、マンモス大学の厳しい環境に耐えられなかった。彼女が日本に帰ってしまったあとに、リベラルアーツ・カレッジ(Lieberal Arts College)の存在を知って、そこに留学していたらと非常に悔やんだ。リベラルアーツ・カレッジでアッパーミドルのクラスの友だちに囲まれて勉強していれば、彼女は卒業できただろうにと残念だった。

アメリカの学生と対等に戦えない

あるお母さんが「娘が寮に入れない、入れない」って、ブツブツ言いにきた。娘さんは世界的に有名なニューヨーク大学(New York University)で、アートヒストリーの勉強をしている。

アートヒストリーとは、美術を歴史的に分析していくもので、ここの卒業生はキュレーター(学芸員)、ギャラリー勤務、あるいは教授、講師などになっている。特にニューヨーク大学のアートヒストリーは、世界的に高く評価されている。

「寮に入れないので殺されるんではないか。もう一週間も連絡がないから胸騒ぎがする」という。「二六歳の娘に対しても親はこうやねん。」

娘さんも悪い。寮には入れないのを承知しているのに、そういう事情をちゃんと説明しないで、母親があまり心配するので「もう面倒臭い、うるさいな」という感じで、出発してしまったのである。

芸術系の学生は個性が強いから、束縛されることを嫌う。自由であることを望んでいるから、むしろ寮なんかに入りたいと思っていない。

ニューヨークという町に憧れて、都会の刺激的な生活を満喫したい学生もたくさんいるから、大都会にある大学の寮はキャパシティが小さくて、まあ学生寮はどこも同じだけど、汚くて、狭くてというのが通例。

アメリカの田舎の学校は、寮を作らないと学生が通いようがないから、寮のキャパシティを大きくしておかないと問題が起きる。だけど都会の学校では、例えば学生が一万人いるのに、寮は五〇〇人しか入れないところもある。

高校を卒業した一八歳の子がニューヨーク大学でアートヒストリーをやりたいというのであれば、「何を言うてるの。一、二年は一般教養を勉強するのだから、二年間は田舎の学校で暮らすことを考えなさい」と言いたい。

芸術系の専門大学の多くは都会にある。生活に慣れていない留学生では、とてもではないが、溶け込んでアメリカ人の学生と肩を並べてやっていけるわけがない。特に芸術系の学生は個性的で、インディペンデントなので、生活に慣れる前に圧倒されてしまう。

三〇歳ぐらいになれば少々の冒険でもかまわないが、安全な日本社会や優しい両親の下で保護されて育った一八歳の子どもが、いきなりニューヨークのど真ん中で、それも寮に入れない環境で生き抜いていける知恵があるとは思えない。

寂しくなって、わけのわからないお兄ちゃんにボーッとなったり、どこかのおじちゃんに引っ掛かってしまうことだってありうる。ただ都会でアートヒストリーを勉強したいとぼんやりと憧れているだけかもわからない。

それに大学の寮は高校とは違って、とても自由である。とにかく、寮の設備が整った留学生にとって居心地がいい田舎の大学に入って、それからニューヨーク大学に編入してアートヒストリーをやるとか、あるいは大学を卒業してから大学院に行くことを勧める。

ところが先の心配をしている母親の娘さんは、アートヒストリーの見識が高くて、英語の能力もある。日本の大学を卒業後、何年か働いた経験のあるしっかりした大人でもある。

それで「ニューヨーク大学みたいに、校舎そのものがどこにあるのかわからない、え、これ大学?というくらい建物があっちゃこっちゃに点在しいるようなところで何が寮や。寮に入ることを優先するんだったら、ニューヨークにある大学でなくて田舎の学校へ行かんとあかん。でも娘さんの目的はアートヒストリーをやることだから、寮には目をつぶるしかない。娘さんはもう大人だし集中力もすごくある人だから、まわりがどんちゃん騒ぎをしようが、自分が勉強しようと思ったらできる!」と、お母さんに一時間ほど説教した。

しかし、親とは大変なもんや。

やり遂げたときには得られるものも大きい

アメリカでは自分で仕掛けていかないと、誰も何も教えてくれない。インディペンデント精神を尊重しているので、相手が望んでいるかどうかわからないことを手伝っては失礼になると考えている。

だから自分からアタックしなくては、親切にしてくれる人はどこにもいない。私立学校で少人数のクラスでも、先生から声をかけてくれることは少ない。先生のオフィスを訪ねて「ここがわからない」と相談すれば、日本の先生以上に親切に教えてくれる。

クラスメートでも「ノー卜を貸してくれないか」と頼めば、手伝ってくれる子は見つかる。悲しい顔をして食堂に座っていたって、「あの人は孤独を楽しんでいるのだから、声をかけたら失礼だ」とアメリカ人は思う。誰も声なんてかけてくれない。

日本人は悲しげにしていたら、誰かが慰めてくれる。黙っていても自分の気持ちをわかってくれるだろうと期待する。それが満たされないと、学校が悪いとか先生が不親切だと文句を言う。

私も留学していたときに、黙っていてもわかってくれるだろうと思い込んで失敗している。学校の寮は新築のきれいな部屋で、ルームメイトは二五歳の女性で、しっかりとしていて、ちゃらちゃらしている子ではなかった。

お互い別に何のルールも決めないで「ハロー」と挨拶して、仲よく過ごしていた。何日かしたら部屋がすごく汚くなった。彼女は部屋にいなかったので、何となくきれいにしようと思い、隣の部屋から掃除機を借りて掃除した。

ルームメイトが部屋に戻ってくると、「きれいになってうれしい、うれしい」と喜んでいたので、次は彼女がするだろうと思い込んでいた。

ところが部屋が汚れてきても、彼女は掃除をしない。しかたがないからまた掃除した。そういうことが何回か続いても、彼女は当たり前みたいな顔をしている。

「一体全体どういうこっちゃ、私にばっかり掃除させて」と、何回目かに腹が立った。明日は文句言ってやろうと「私は何回も掃除したのに、何であんたはせえへんのか」と、簡単なメモを用意した。

それで彼女をとっつかまえて、メモを見ながらがんがん文句を言ったら「あんた、掃除が好きで、それでやってんのかと思った。" コンプレイント"があったなら言えばよかったのよ」という返事。

「コンプレイント(Complaint)」て何かと思って、辞書を引いたら「ぶつぶつ言うこととか、不平を言うこと」とあった。それをみて「へえー、そりゃそうや」と納得した。これで私の負け。 

「次は彼女がやるだろう」と勝手に思い込んで、何も言わなかった。私の気持ちを伝えなかったから、彼女は「掃除好きの変な子」と思っていたというのだ。

話し合った結果、一週間に二回ぐらいに決めて、交代でやろうということで解決した。

その一件以外は、彼女とはけんかするようなこともなく仲良く生活していても、授業や図書館へ連れ立っていくようなことはなかった。そういう意味でも、みんなドライでインディペンデン卜。それを不親切だなんて言うのも勘違いなのだ。

勉強だけでなく、異なった考え方をする人たちと生活していくのは、本当に大変なことである。私はいつも「まあ、行ってらっしゃい。私なんか二度と行きたくありません。エライ目にあうわよ」と留学生を送り出している。

その代わり卒業するときは、日本では知られていない学校であろうが、そんなこと関係なく自分はようやったと思える。心から自分が誇らしくなる。本当にエライと、自分をほめたくなる。

母校にもすごく誇りを持てる。「卒業証書を勝ちとった」という充実感も味わえる。そして何よりも、このときに得られる自分自身への自信は一生の財産になる。

(著書「アメリカ留学で人生がおもしろくなる」より抜粋)

関連記事

» 栄陽子の留学コラムトップへもどる


栄 陽子の留学講演会(無料) 留学研究所について詳しく!

栄陽子プロフィール

栄 陽子留学研究所所長
留学カウンセラー、国際教育評論家

1971年セントラルミシガン大学大学院教育学修士課程を修了。帰国後、日本で留学カウンセリングを立ち上げ、留学指導を行い、これまでに7000人以上の留学を成功させる。留学関係の著作も多数。 » 栄 陽子留学研究所について