いま話題の「リベラルアーツ」って何?
「リベラルアーツ」という言葉が、またあちこちで目につくようになっています。
昔よりは、もう少し具体的で、たとえば、有名な評論家や学者が、「アメリカの大学に行ったら、工学系の学生が美術や音楽の授業をとっている」というような話が出てきます。
専攻の壁を超えてさまざまな分野を学ぶというのは、たしかにリベラルアーツ教育の一側面ではあります。
本当はよくわからない「リベラルアーツ」
日本で「留学」というと、大学院のMBA(経営学修士)が中心で、有名な大学院に企業派遣で留学したような人たちが表立って話をするので、大学の話はあまり出てきません。
また、大学レベルで留学するのは、エージェントにとって好都合なコミュニティ・カレッジ(公立の二年制大学)が多く、これまた、四年制の大学への留学は少なくなってしまい、リベラルアーツの話はあまり出てきません。
そのため、アメリカのリベラルアーツの実態を、みんなあまり理解していないのではないかと思います。
アメリカの大学のカリキュラム
アメリカの大学を卒業するために必要な単位はだいたい120単位です。
そのうちおよそ60単位は、一般教養科目です。1、2年生の間に、人文系・自然科学系・社会科学系・芸術・体育などの科目を幅広く勉強します。
3年生になるとメジャー(専攻)と、場合によってはそれに加えてマイナー(副専攻)を中心に勉強することになります。
たとえばメジャーを物理学として、マイナーを音楽とする、あるいはメジャーを文学として、マイナーを数学とする、というように組み合わせは自由です。
一般にメジャーの必修単位数は30~45、マイナーは15~20ですが、大学や分野によって単位数は大きく異なります。
たとえばニューヨーク大学でメジャーを言語学、マイナーを美術とする場合、メジャーの必修単位は36単位、マイナーは16単位です。
ボストン大学でメジャーを社会学、マイナーをコンピュータとする場合、メジャーの必修単位は44単位、マイナーは24単位です。
一般教養とメジャー・マイナーの科目以外は、選択科目ということになります。
その大学で開講されている科目を自由に選んでとることができます。
大学は「広く浅く」、大学院は「狭く深く」
このメジャーやマイナーは、入学時に決めてもいいし、途中で変えても大丈夫だし、3年生くらいで決定してもかまいません。
ただし、大学ごとにルールが定められていますから、そのルールをきちんと理解して、そのうえで自分で判断して科目を履修していくことになります。
アメリカの大学では、「1科目につき3単位を取得できる」のが一般的ですので、メジャーの必修単位が36単位だとすると、12科目くらいを履修することになります。
したがって、メジャーといっても「専門を極める」というほどその分野を勉強するわけではありません。
アメリカでは「専門的な勉強は大学院でする」というのが常識です。
なので専門を極めたければ、大学院に進学することになります。
大学院で学ぶことと、大学でのメジャーやマイナーが異なっていてもかまいません。
メディカルスクール(医科大学院)に進む場合は、四大を卒業していることと、生物の科目をとっておくことが条件なので、生物をメジャーとしてもいいし、音楽をメジャーとして生物をマイナーあるいは選択科目として取得してもかまいません。
大学で音楽や美術や心理学、哲学などをメジャーにして、メディカルスクールに進学するなんて、カッコよくて、頼りになる医者になりそうな気がしますよね。
アメリカとヨーロッパの大学の違い
ヨーロッパや、イギリスの植民地だったカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどは、大学に一般教養課程がなく、1年生から専門分野を学びますので、早いうちに何を勉強するのか決めなくてはなりません。
ヨーロッパは昔から身分制度がハッキリしていて、大学に進学する人とそうでない人とが、あらかじめ社会的に決められていることが多かったのです。
これに比べてアメリカは、牧師を養成するためにハーバードがつくられたのが1636年。国として独立する140年も前の話です。
やがて国を築いていくための「リーダー養成」の役割を大学が担うようになります。
したがって、何か特別な学問や技術の習得というよりも、リーダーとしての人間づくりが大切だったように思います。
いまでもリーダーシップの育成は、リベラルアーツの大きなテーマです。
リベラルアーツ教育に欠かせない「寮生活」
アメリカでは、「18歳になったら家を出て大学の寮に入り、親離れをすること」「大学で学ぶことは分析力・判断力・決断力」といわれています。
アメリカの家庭は「夫婦中心」で、子どもはいつか必ず家を出なければなりません。
そのために大学では寮生活を送ります。
また寮生活を通じて、世の中には色々な人がいることを知り、さまざまな価値観をもつ人とのコミュニケーション能力を身につけることが大切だとされています。
授業では「リンカーン大統領が奴隷解放をしたのはいつか」ではなく、「あなたがリンカーンだったら奴隷を開放したのか」が問われます。
このように自分で考え、自分の意見をもつことの訓練を積むのです。
AIに負けない人間とは?
・・・と、このようなことをひっくるめて「リベラルアーツ」というのですが、なかなか日本の人にはピンとこないかもしれません。
アメリカで最初にできた大学、ハーバード大学も、リベラルアーツの大学として出発しましたが、時代の要請に応じて、医学や法学などさまざまな新しい分野(おもに大学院レベル)を後からくっつけて、現在の総合大学になっています。
いまでも学生の98%が寮生活を送るなど、リベラルアーツの理念はハーバードに生き続けています。
AIのおかげで、自分のもっている知識や技術が、一夜にしてあっという間に役に立たなくなるかもしれない時代が刻々と近づいています。
したがって日本でも、どんな世の中になろうと自分の力で考える人を大学で養成すべきだということで、その1つのヒントがリベラルアーツにあるということのようです。
アメリカのすべてがいいというわけでもありませんが、大学で学ぶことは、何か特定の分野ではなく、分析力と判断力と決断力、というのには重みがありますね。
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著者情報:栄 陽子プロフィール
栄 陽子留学研究所所長
留学カウンセラー、国際教育評論家
1971年セントラルミシガン大学大学院の教育学修士課程を修了。帰国後、1972年に日本でアメリカ正規留学専門の留学カウンセリングを立ち上げ、東京、大阪、ボストンにオフィスを開設。これまでに4万人に留学カウンセリングを行い、留学指導では1万人以上の留学を成功させてきた。
近年は、「林先生が驚いた!世界の天才教育 林修のワールドエデュケーション」や「ABEMA 変わる報道番組#アベプラ」などにも出演。
『留学・アメリカ名門大学への道 』『留学・アメリカ大学への道』『留学・アメリカ高校への道』『留学・アメリカ大学院への道』(三修社)、『ハーバード大学はどんな学生を望んでいるのか?(ワニブックスPLUS新書)』、ベストセラー『留学で人生を棒に振る日本人』『子供を“バイリンガル”にしたければ、こう育てなさい!』 (扶桑社)など、網羅的なものから独自の切り口のものまで、留学・国際教育関係の著作は30冊以上。 » 栄陽子の著作物一覧(amazon)
平成5年には、米メリー・ボルドウィン大学理事就任。ティール大学より名誉博士号を授与される。教育分野での功績を称えられ、エンディコット大学栄誉賞、サリバン賞、メダル・オブ・メリット(米工ルマイラ大学)などを受賞。