オレゴン州ポートランドのホストファミリーと再会! アメリカの「家族」のありがたさを実感

前回は、鉄道でのアメリカ横断のレポートをお届けしました。今回は、この横断を終えてからの続きをお届けします。

3年前の面影はどこへ?

オレゴン州のポートランドの駅(Portland Union Station)(上の写真)から、ホストファミリーが住んでいるところ(Albany)まで、やっぱりAmtrak(鉄道)で移動することになります。ただその時間まで4時間ほどあるので、3年ぶりにポートランドのダウンタウンを散策することにしました。

駅から出ですぐに目に飛び込んできたのは、歩道を埋め尽くしたホームレスの人たちのテント。3年前、いろいろな人であふれかえっていたポートランドの影はありませんでした。これはどうやら最近起こったBlack Lives Matter運動などが過激化して、富裕層が都市から離れる(いわば逆ジェントリフィケーション)ことによって、ホームレスの人が増えたり、治安も少し悪くなったりしたということらしいです。

日本食を食べたくてポートランド市内を歩いていたのですが、行ったところすべて店を閉めていました。ポートランドという都市は本当に思い出が深く、自分の中でも好きな地でしたので、このような状況になってしまったのは残念ですが、早く改善がされることを願っています。

ホストファミリーとの再会

Albanyにはホストマザーが迎えに来てくれました。お互い3年間あったことがなかったので、会ってからは質問の嵐でした(笑)。

僕も3年前に比べたら英語も上達していたので会話も弾み、やっとオレゴンに戻ってきたのだなと感じました。

ホストファミリーの家は、フロントとバックが庭に面したステキな家でした。一番上のホストブラザーは水泳競技の関係ですでにネブラスカ大学にいたのですが、ホストシスターとホストブラザーが家で出迎えてくれて、2人とも僕より身長が高くなったり、声も変わったりしていたので驚きました。ペットも犬が1匹、猫が3匹増えていて、とても愛おしかったです。

盛りだくさんのイベント

オレゴン滞在中はイベントが盛りだくさんで、着いた初日はホストファミリーの親戚が遊びに来て、一緒にBBQをしてSmore(マシュマロを焼いて、チョコに乗せて、それをビスケットでサンドしたもの)を食べたり、翌日はホストファザーが神父を務めている教会でプールを貸し切ってプールサイドパーティをしたりしました。

3日目にはオレゴン州立大学(Oregon State University)で野球の試合を観戦しました。学校の野球の試合以外での現地観戦は初めてだったので、雰囲気などとことん楽しむことができました。その日の夜は恒例のMovie Night(週末は毎晩映画を1本観るという僕のホストファミリーの恒例行事)ということで、つい最近出たばかりのSnake Eyesを観ました。GI JOE作品は大好きで、Wiiでもゲームを持っていたぐらいでしたので、日本が舞台だった今作はとても楽しむことができました。

4日目は高校時代の友だちとボーリングに行ったり、ご飯を食べに行ったりして過ごし、夜にまた野球観戦をしました(アメリカの野球観戦はとってものんびりしている感じがあります)。

5日目はモールに行って新しい靴を買ったりして、新学年に向けての準備をしつつ、午後には古本屋さんに連れて行ってもらい、2, 3冊くらい買う予定だったのが、12冊ほど買ってしまいました。その店では1冊あたり平均200円で、日本で洋書なんか買おうとすると中古でももっと値が付くので、こんな機会ないと思ったからです(スーツケースには何とか収まりましたが、ホストファミリー宅に預けるものも出てしまいました)。

こうして、ちょっと長いようで短いオレゴン滞在が終わったわけなのですが、一貫して感じたことが2つあります。

僕を受け入れてくれる「家族」の存在

1つは、なんといってもホストファミリーや、その親戚の優しさです。1年弱、一緒に住んでいたとはいえ、もとをたどれば僕は部外者なのにもかかわらず、電撃で家に泊まらせてほしいとお願いしたら承諾してくれて、やることもプランニングしてくれ、僕が好きだった料理やお菓子もつくってくれて、とてもありがたく感じました。

もう1つは、英語力の向上とそれに伴うコミュニケーションのしやすさです。3年前は僕の英語なんてダメダメで、日常会話もままならなかったのですが、今回の旅ではもっといろいろな話題(コロナワクチンやポートランドの将来など)を話すことができてとても楽しかったですし、絆が深まった気がします。

とくに最終日、夕陽が沈むころにホストブラザー(今年から大学1年生)と車で景色のいいところをドライブしていたときはとてもエモかったです。

最後はバイバイするのは多少寂しかったものの、ブラウン大学にいる間は会いに行きやすいですし、ほどよく滞在も短いほうが、次回会うときの感動が大きいと思うので大丈夫でした。

こうやって、日本にいる家族だけではなくて、アメリカにも僕を受け入れてくれる「家族」そして友人がいるというのはとても幸運であって、大切なことだなと今回の旅を通して感じました。

最高の本との出会い

この滞在と並行して、じつは今回の短い夏休みでやりたかったもう1つのことをやっていました。

現代小説の先駆けとしてうたわれているDon Quixote(ドン・キホーテ)を読むことです。

ドン・キホーテと聞くとあの有名なディスカウント・ショップを思い浮かべる人も多いと思います。じつはこのお店の名前も、この小説の主人公であるDon Quixoteにちなんでつけられたそう。「行動的理想主義者であり、既成の常識や権威に屈しないドン・キホーテのように、新しい流通業態を創造したいという願いを込めています」。ここまで言わせる作品なら読むしかない、その思いをずっと温めていて(なんせ1,000ページもありますからね)、それを今回読もうということだったのです。

この本はスペインの作家セルバンテスによって17世紀初頭に書かれたもので(その英語訳を今回読みました)、前編・後編に分かれています。

主人公のAlonso QuijanoはLa Mancha という地に住む中年を迎えた郷士で、ある日、騎士道物語の読みすぎから、騎士道物語のフィクションの世界と彼自身が住むノンフィクションとの世界の区別がつかなくなり、自分自身を遍歴の騎士(knight-errantly)に見立て、名前をDon Quixote de La Manchaに改名して、近くに住んでいた農民のSancho Panzaを従え、騎士道物語さながらの冒険に出るというのが物語のあらすじです。

そしてDon Quixoteは宿屋を城と間違え、風車を巨人と思い込み、羊を軍隊と錯覚し、人助けに熱心なあまり死刑囚を釈放し、頭がおかしい(mad)と罵しられたときは剣をとって戦い、Rocinante(Don Quixoteの愛馬)を世界一の馬と勘違いする、そういったシーンが続きます。

一方でDon Quixoteは、騎士道が関与しない場面では、哲学者が言うようなウィットに富んだ発言をすることも多く、驚きと楽しみが一杯詰まっています。戦闘シーンも多いのですが、サイドストーリーも豊富で、とくにSanchoとDon Quixoteの関係の変化などは、とても読みごたえがありました。

ちなみに英語のquixoticという言葉は「非常に無謀な」という意味があるのですが、この作品が由来です。

英語訳がきれいで表現も美しく、とにかく言葉の使いかたがうまいと思いました。最初読み始めたときは終わらないのではないかと思いましたが、1日100ページずつ読んで、10日と少しで読み終えました。

いままで読んだ本で、ここまで熱中して読んだ本はないと思います。みなさんにもぜひこの本は読んでほしいと思います。僕の中ではいままで読んだ本のトップ3に入るくらいのいい作品でした。

今回はここまでです。また次回のブログで会いましょう!

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