あの大惨事から20年。そのとき、ニューヨーク大学がとった行動とは?

先生の家までついてきなさい

アメリカ同時多発テロ9.11から20年も経ってしまいました。あまりに速い時の流れです。

爆破されたツインタワーに一番近い大学が、ニューヨーク大学(NYU)だったのです。

ニューヨーク大学はキャンパスがなく、マンハッタンのあちこちのビルに教室や寮が散らばっている都市ならではの大学です。

ツインタワーのすぐそばに6つの寮がありました。

20年前、当研究所から5人の大学院生がNYUに在籍していました。

たいていは授業に出ていたのですが、寮にいた1人は「地下に退避しろ」という命令が出たそうです。

各教室では、ただクラスを終わらせる先生、「寮には戻れないから、しばらく滞在先を自分で探すように」と言う先生から、「自分は家に戻るので、ついてきたい人は一緒に来なさい」という先生までいたそうです。

パニックに陥る学生たち

各々、現場から離れたところにいる寮の友人や、アパートなどにいる人のところに、とりあえず身を寄せて、1日目は本当に1人ひとりパニックの中を何とか過ごしました。

大学の寮からビデオでツインタワーを撮影していたアメリカ人の学生もいます。

1機目の時は、みんな事故だと思っていて、対岸の火事みたいなところがあったのです。

2機目の時に、初めてこれは尋常なことではないと、本能的に悟ってパニックになりました。

大学の素早い対応と学生へのケア

大学側も大混乱でしたが、次の日には体育館をオープンして、情報を収集し、食料・水を配り、マットレスを敷いて、寝られるようにしました。

数日後には2か所のホテルを借り切って、全員そこに入れるように用意しました。

6つの寮は封鎖されて、立ち入り禁止です。

大学側は学生に200ドルずつのお金を渡し、ブックストアでIDカードを見せれば教科書などを無料で入手できるように手配をし、あっという間に授業を再開させました。

そうとは思わず、バスを乗り継いで故郷に帰ったアメリカ人学生もいたのです(飛行機は飛行禁止になっていました)。

アメリカの大学は「寮生活」が基本です。

したがってどこの大学にもナースが常駐しています。

NYUのような大きな大学ですと、学生用の小さな病院もあるほどです。

何かあれば、すぐHealthcare Centerに来るように張り紙が出され、学生向けの新聞が配られ、カウンセリングセンターも、相談に来るよう学生に呼びかけました。

ショックにめげず、献血に協力した学生もたくさんいます。

この大学の決断力・行動力はすごいものです。

日本ではなかなか真似ができないでしょう。

アメリカの撤退の背景

今回の20年の式典では、あの時の困難を思い出したのか、アメリカは1つという言葉が飛び交いました。

あれから、アメリカは中東での戦争に舵をきり、20年目にしてアフガニスタンから撤退することになり、結局は失敗した、アメリカは敗北した、という意見もありますが、さて、どうでしょう。

もう少し、長い目で見ないとわからないことだらけです。

報道などで知る限り、アフガンの国の軍人たちや官僚も、そろってワイロワイロで、自分の国を守るという覚悟があまりありません。

対するタリバンも、麻薬ですべてを維持している、ギャング集団みたいなものです。

第二次世界大戦前は、中東は、紀元前から数多くの王朝ができては消え、いまのアフガニスタンの形ができたのが19世紀後半で、それからもなかなか1つの国家としての形を維持するのがむずかしかったのです。

かたやアメリカは、他国の戦争にかかわらないことを貫いていたにもかかわらず、第二次世界大戦で、イギリスのチャーチル首相の説得や、蒋介石の日本叩きのための挑発や、その他、諸々の世界情勢に巻き込まれて、とうとう戦争に参加して大勝をおさめ、ついに世界を守る国になってしまったのです。

そろそろお役御免というのも、もっともなことですし、石油を得なければならない理由で中東とかかわっていたものの、シェール革命で、輸出できるほどの石油もガスもあり、また化石燃料を使わないという世界的動きの中で、中東にかかわることも、もうこれまでと思ってもムリはありません。

日本にとってアフガン撤退は他人事なのか

軍の撤退はトランプさんの時から決まっていたものの、バイデン大統領は立派にやり遂げたと思います。

撤退をどのようにさせるか、すべて計画通りで、途中テロに遭遇したものの、見事だったと思います。

カブール空港から脱出しようというアフガンの人もたくさんいます。

米軍機に乗れるのは、以下の4つのグループに入る人たちだそうです。

①    米国ビザ、永住権、市民権の所有者
②    ビザ申請者
③    難民
④    臨時入国許可を受けた者、亡命希望者、アメリカに家族など受入先がある者

これに比べて日本のやったことは一体何でしょう。

日本の教育は、責任をとる、行動する、決断する、ということからあまりに離れたところにあり、みんなと一緒にする、違ったことをしない、というのがあまりに長く続いています。

これからどうなってしまうのでしょうか。

 

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著者情報:栄 陽子プロフィール

栄 陽子留学研究所所長
留学カウンセラー、国際教育評論家

1971年セントラルミシガン大学大学院の教育学修士課程を修了。帰国後、1972年に日本でアメリカ正規留学専門の留学カウンセリングを立ち上げ、東京、大阪、ボストンにオフィスを開設。これまでに4万人に留学カウンセリングを行い、留学指導では1万人以上の留学を成功させてきた。
近年は、「林先生が驚いた!世界の天才教育 林修のワールドエデュケーション」や「ABEMA 変わる報道番組#アベプラ」などにも出演。

『留学・アメリカ名門大学への道 』『留学・アメリカ大学への道』『留学・アメリカ高校への道』『留学・アメリカ大学院への道』(三修社)、『ハーバード大学はどんな学生を望んでいるのか?(ワニブックスPLUS新書)』、ベストセラー『留学で人生を棒に振る日本人』『子供を“バイリンガル”にしたければ、こう育てなさい!』 (扶桑社)など、網羅的なものから独自の切り口のものまで、留学・国際教育関係の著作は30冊以上。 » 栄陽子の著作物一覧(amazon)
平成5年には、米メリー・ボルドウィン大学理事就任。ティール大学より名誉博士号を授与される。教育分野での功績を称えられ、エンディコット大学栄誉賞、サリバン賞、メダル・オブ・メリット(米工ルマイラ大学)などを受賞。

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