女性の留学 -第3回- 英語力と学力は別問題

留学を成功させるカギは英語力だけではない

(2021.03.15更新)

「あなたの講演はすばらしいけど、ここにいる半数の人は理解していないよ」 と、ある大学の教授に言われてショックを受けたことがあります。

留学に関する間違った思いこみ、一部の興味本位のメディア記事などに基づく誤解や不安、アメリカとアメリカの教育事情についてのとんでもない先入観が、どれほど根強く留学希望者の頭に巣食っているか、慄然とします。

これではカウンセリングを受けるチャンスさえ潰してしまうことになりかねませんので、私は機会あるごとに、これらの誤解を解き、アメリカ留学についての正しい基礎知識を提供するよう努めているのです。

とくにアメリカの教育のあり方、考え方を知ることが留学の前提になりますから、講演ではそういった内容の話をすることにしています。

授業についていくのに必要なのは英語力? 学力?

アメリカの大学に入学すると、1年生の初めの秋学期(9月から12月)に5つくらいの科目を履修します。

たとえば、

  • Freshman English 1年生の英語(アメリカ人にとっての国語)
  • Biology 生物学
  • Economy 経済学
  • Amrican History アメリカ史
  • Spanish スペイン語(アメリカ人にとっての外国語)

という5教科をとるとします。

日本人にとってどのクラスがやさしくて、どのクラスがむずかしいでしょうか。

まずやさしいのはスペイン語です。この場合は仮にスペイン語としましたが、外国語であればフランス語でもイタリア語でもかまいません。

なぜならアメリカ人も外国語は初級から習うわけです。つまり私たちが初めて英語を習ったときと同じように、数の数え方や「This is a pen.」から習うわけですから、日本人でもアメリカ人でも土俵は同じ。一生懸命勉強すればちゃんとついていけます。

生物学は、日本の中学・高校で習ったものとほぼ同じですから、教科書に載っている絵や図を見たり、各章や見出しのタイトルを調べれば、アメーバだとか血液の循環だとかメンデルの遺伝の法則だとか、すぐにわかるのです。

先生は「この学生は血液の循環のことを理解しているな」とわかれば、こちらの英語がどんなにおかしくてもスローでも、ちゃんと点数をくれます。生物の先生ですから、生物がわかっているかどうかを知りたいわけで、英語力そのものに点数をつけるのではありません。

ここで注意しなければいけないことは、中学・高校で日本語で習った生物をきちんと理解できていない人は、少々英語が得意でも、ひどい点数しかとれないということです。

それと同じことは経済学についてもいえます。日本語でもいいから、少しでも経済の仕組みについて知っているかどうかで、理解度に天と地の差が出てしまいます。

アメリカ史はどうでしょうか。留学する前にアメリカの歴史の流れを頭に入れておくと、ずいぶん助かります。日本語でパッと見られる年表なども役に立つでしょう。

しかし、アメリカは日本と違って歴史が浅いので、テストでは人名や地名などたいへん細かく問われますから、日本人にはなかなか苦手な科目となります。

また、「これこれの状態のとき、あなただったら戦争をしただろうか、あるいは他に方法はなかっただろうか」といった意見を書かせたり、ディスカッションしたりという教育方法がとられるので、ただ単に事実を調べて暗記するだけでなく、常に自分も歴史の主人公になって考えていかなければなりません。

「勉強」イコール「考えること」というのが、アメリカ流の教育の最も大切なポイントなのです。

このように、アメリカの大学で勉強するということは、単純に英語力だけが問題ではないのです。

さて、5つの科目の中では「1年生の英語」が、私たち日本人にとってはいちばんむずかしくて、だいたい悪い点数しかとれません。

他の教科の先生は、それぞれの担当教科の内容について学生が理解しているかどうかを知りたいのであって、英語力に点数をつけるわけではありません。

でも、この科目だけは、ずばり英語力(つまり国語力)そのものに点数をつけるのです。これこそ私たち日本人留学生にとって最も苦手とする科目なのです。

TOEFL®スコアが合否を決めるわけではない

それでもやっぱり、「TOEFL®スコアがいくらあればどこの大学に入れますか?」という質問は絶えません。

TOEFL®テストは、英語を母語としない人の英語力を測るテストです。つまり英語が「外国語」である人のためのテストです。

アメリカの大学は、留学生に対する入学審査の1つの項目として、TOEFL®テストなどの英語テストのスコアの提出を求めています。

しかし、TOEFL®スコアと大学のレベルとは必ずしも関係があるわけではありません。TOEFL®テストはあくまでも英語の能力テストであって、学力を測るものではありません。本人の学力を無視してただTOEFL®スコアだけで審査するなんてありえないのです。

このテストをまるで大学の入学試験であるかのように思っている人もいますが、それは大きな間違いです。

たとえばハーバード大学。ここは、留学生にTOEFL®テストのスコアの提出すら求めていません。英語はできて当たり前、なのです。その上で、高校の成績がオールAで、エッセー(自己アピールの作文)や推薦状もすばらしく、スポーツやアート、ボランティアで大活躍している、という子たちがしのぎを削るのです。

英語ができても、授業はちんぷんかんぷん

また、TOEFL®テストで高得点をとったからといって、アメリカの大学の授業がスラスラわかるようになるというものでもありません。

日本語で聞いてもわからない授業を英語で聞いたら、いくら英語ができる人でもやはりわからないのです。

私がしばしばこういう話をするものですから、TOEFL®テストを受けなくても入れてくれる大学はありませんか、などと聞いてくる人もいます。

アメリカの大学は、TOEFL®テストのほかにも、IELTS™(アイエルツ)というテストや、最近ではDuolingo(デュオリンゴ)というテストのスコアも審査の対象としてくれます。

英語コンプレックスに悩まされる必要はありませんが、まずは模擬テストでもいいから受けてみるといいと思います。それでスコアが散々であっても、留学をあきらめる必要はまったくありません。

英語ができないから留学できない、わけではない

それでもやっぱり、留学の相談で一番多いのは、「英語ができませんが、大丈夫でしょうか」というものです。

本人にとってはたいへんなプレッシャーであり不安であるわけで、それをきちんと解消してあげるのが留学カウンセラーの役目ですから、そのたびに一生懸命に対応しているわけですけれど、それより先にもっと考えるべきことがあるはずです。

自分にとってアメリカで生活するというのはどういうことなのか、自分が受けたいと思うレベルの教育をアメリカで受けるにはどうすればいいのか、自分に合った留学の内容や方法はどんなものなのか、そういうことを考えてもらいたいものです。

日本人は英語に慣れていないだけ

といってもみんなどうしても気になるようですから、英語のことをもう少しお話ししておきましょう。 私たち日本人は英語ができないわけではありません。英語に慣れていないだけなのです。

できないというのは、ABCすら知らないということなのです(そういう人は世界にたくさんいます)。最低限の英会話に必要な能力は、日本の中学1・2年生で習う英語で十分なのです。

ですから、留学して2、3か月もすれば、日常生活には困らなくなります。

もちろん英語力はあればあるほどいいわけで、できなくていいといっているわけではありませんが、留学するには英語力がすべてだなんて決して考えないようにしてもらいたいと思います。

留学生にとって本当に困るのは、日本で見たことも聞いたこともないことを、いきなり英語でやらなくてはならないときです。

そこでモノをいうのが知識や学力です。これらは英語であろうが日本語であろうが関係ありません。

あとは本人の心身がタフであるかどうかにかかってきます。

失敗例の多くは留学方法に問題がある

留学生にとって、英語力の不足そのものが致命傷になることは意外に少ないものです。

むしろ、その人の選んだ留学の方法それ自体に問題があって、これが災いするという例が少なくありません。

アメリカの大学のことがよくわからないまま、ともかく現地で生活しながら英語力をつけて、それから考えようなどと見切り発車をする人。その結果、あの大きな大陸に単身でいきなり飛び込み、何が何だかますますわからなくなってしまうというケース。

アメリカの英語学校で出会った同じような日本人と留学浪人を決めこんですっかり遊んでしまう人。

留学浪人だという自覚すらなくてひたすら英語学校ばかりを転々とわたり歩いている人。

あるいは少々英語能力があるということで、マンモス大学を選んで入学し、学生が何万人もいる環境の中で孤立してしまうケース。

こういう失敗例か実にたくさんあるのです。

したがって、本当に留学する意思があるならば、十分に時間をかけて、自分の能力に応じた大学を探していかなければなりません。それも1つ1つの大学を、自分自身で確かめながら進めていくべきです。留学カウンセラーは、あくまでそのお手伝い、ガイド役なのです。

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著者情報:栄 陽子プロフィール

栄 陽子留学研究所所長
留学カウンセラー、国際教育評論家

1971年セントラルミシガン大学大学院の教育学修士課程を修了。帰国後、1972年に日本でアメリカ正規留学専門の留学カウンセリングを立ち上げ、東京、大阪、ボストンにオフィスを開設。これまでに4万人に留学カウンセリングを行い、留学指導では1万人以上の留学を成功させてきた。
近年は、「林先生が驚いた!世界の天才教育 林修のワールドエデュケーション」や「ABEMA 変わる報道番組#アベプラ」などにも出演。

『留学・アメリカ名門大学への道 』『留学・アメリカ大学への道』『留学・アメリカ高校への道』『留学・アメリカ大学院への道』(三修社)、『ハーバード大学はどんな学生を望んでいるのか?(ワニブックスPLUS新書)』、ベストセラー『留学で人生を棒に振る日本人』『子供を“バイリンガル”にしたければ、こう育てなさい!』 (扶桑社)など、網羅的なものから独自の切り口のものまで、留学・国際教育関係の著作は30冊以上。 » 栄陽子の著作物一覧(amazon)
平成5年には、米メリー・ボルドウィン大学理事就任。ティール大学より名誉博士号を授与される。教育分野での功績を称えられ、エンディコット大学栄誉賞、サリバン賞、メダル・オブ・メリット(米工ルマイラ大学)などを受賞。

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