留学して考える「アイデンティティ」について

留学体験記  2018年10月10日

こんにちは! アメリカの大学の長い夏休みも終わってしまいました(2018年8月末時点)。そして早くも勉強漬けの日々が始まっています。今回のブログでは、「アイデンティティ(一体全体私はだれなのか?)」について考えてみたいと思います。少しつかみづらい抽象的な概念ですが、私のこれまでの留学経験を含めて、話してみたいと思います。

私って、だれ?

アイデンティティとは?

アメリカに来て、日本にいたときはきちんと理解していなかった言葉の「真意」を理解できたという経験はいくつかありますが、「identity(アイデンティティ)」という言葉もそのうちの1つです。

アメリカで暮らしていると、国籍も人種も異なる人々と触れ合うので、自分のアイデンティティに気づくことが多々あります。留学を通して得られることはたくさんありますが、アイデンティティという言葉の意味を深く理解したり、自分のアイデンティティを確立したりすることは、そのような貴重な経験の1つだと思いました。

そもそも「アイデンティティ」とは一体全体どのようなものなのでしょうか。私が初めてその言葉を聞いたのは高校1年生のときでした。英語の授業で先生は「アイデンティティとはwho I am(私はだれか)である」と説明していましたが、当時の私は「ふ〜ん」と思っただけで、正確にこの言葉の意味をつかんでいたとは思いません。

またidentityを辞書で調べると「自己同一性」と出てきます(むずかしい言葉ですね)。自分とはだれなのか、どんな人間なのか、「自分が自分である」ためにさまざまな方法で特徴づけ、ラベルづけしていくことが「アイデンティティを確立していく」ということなのだと思います。

日本人というアイデンティティ

「日本人である」とは、留学すると一番初めに気づくアイデンティティの1つだと思います。日本では、家族も友だちもカフェで働いている店員さんも、ほとんど日本人です。だから自分が日本人であることも忘れてしまいがちな気がします。そもそも「自分は日本人なんだ」なんてことを考える必要もありません。

ところがアメリカにはいろいろな人がいます。ふと気がつくと、“In Japan…(日本では〜)”と日本のことについて友だちに話す機会がたくさんあります。そのような会話を通して「自分が日本人である」という事実に、自分自身が気づかされます。

「日本人というアイデンティティ」といえば、興味深い話があります。私の友だちに、日本に10歳まで住んで、その後ハワイに移住しアメリカで育った女の子がいます。彼女は日本語も英語も同じくらいパーフェクトに話しますが、長い期間ハワイに住んでいたこともあり、私のような「生粋の日本人」ではありません。

ある日、その彼女と、共通のアメリカ人の友だちと3人で文化の違いについて話していました。そのとき日本について話すとき、私は“In Japan, we do…(日本では私たちは〜)”と言い、ハワイ育ちの彼女は“In Japan, they do…(日本では彼らは〜)”と言っていたのです。

日本で生まれ育った私は、「私が日本人である、日本出身である」というアイデンティティを強くもっているので、日本の話をするときに、「私たちは〜するよ」という風に自分も含めて言っていましたが、私ほど日本人としてのアイデンティティを強くもっていなかった彼女は、日本人をより客観的に見て、「彼らは〜するよ」という風に説明していたのです。

日本語ではよく省略する「主語」ですが、英語では述べる必要があるので、このようなちょっとした違いが普段の会話の中で発見することができました。たった1つの単語が話し手のアイデンティティを表していて、とても興味深いと思いました。

アイデンティティについてのプロジェクト

多様性って何だろう?

教育学の授業で、アイデンティティについてのグループプロジェクトを行ったことがあります。私たちのグループは、大学に来てからどのようにアイデンティティが変化したか、友だちにインタビューをしてそれを動画にまとめました。

ベトナム出身のある子は、「大学に来てから、自国ベトナムにいるときよりも自分がナイーブだということに気づいた」と言っていたり、アメリカ人のある子は、「より社交的になった」と答えていました。

たくさんのインタビューを行いましたが、その中でとくに私自身「たしかに!」と共感したのが、ロンドン出身の女の子の「アイデンティティは成長するにつれて大きくなっている」いう返答です。

どういうことかというと、小さいときは生まれ育った「地域・コミュニティ」がすべてであり、それがアイデンティティを占めます。しかし、成長して違う街が出身の人に出会うと、より大きなカテゴリー、たとえば彼女にとっては「ロンドン出身」というのが彼女のアイデンティティになりました。そして、イギリスを出て他のヨーロッパ諸国の人々と出会うと、今度は「イギリス出身」というのが彼女のアイデンティティになり、アメリカに来て世界中の人と出会うと、「ヨーロッパ出身」というさらに大きなカテゴリーがアイデンティティになったのです。

私自身、小学生のときは、当時に住んでいた地域が私のすべてでしたが、高校に入り違う都道府県から来た友だちに出会うと、「東京出身」というのが自分を構成する枠組みとなり、アメリカに留学して異なる国の友だちに出会うと今度は「日本出身」がアイデンティティになりました。そして、さらにアジア以外の国出身の人々と出会うと、今度は自分が「アジア出身、アジア人である」というアイデンティティが私の中で大切な要素になったのです。

成長するにつれ、自分の行動範囲も広くなり、そのことがきっかけで多くの人々と出会い、アイデンティティも大きくなっていったのだと思います。

私のアイデンティティ

言葉に出して言うことが大切

アメリカの大学に入学してオリエンテーション(日本の大学でいうガイダンス)に参加した際、自分のアイデンティティに気づくためのゲームをしました。

それは2人ペアになってお互いに“I am…”と自分について言い合うゲームです。たとえば、“I am Japanese, I am a student, I am a daughter of a policeman, I am a dog lover, I am outgoing…”と、自分についての単なる事実でも、好きなもの・嫌いなものでも、何でもいいので言っていきます。

言葉として実際に言うことによって、自分がどのような人間なのかがわかり、自分のアイデンティティについての理解が深まるというゲームです。アメリカの大学キャンパスのような、さまざまな人がいる環境であるからこそ、自分をよく知り、アイデンティティを確立・形成することはとても大切だと思いました。

日本語のアクセントは問題になるか?

最後にアイデンティティと少しかかわることで、「アクセント」について触れたいと思います。

英語を話す上で、発音がいいのに越したことはありません。しかし、同時に私は、それぞれの人がもっているアクセントもアイデンティティを表すものであり、そのような点から見るとアクセントは悪いものではなく素敵なものであると思います。

日本で生まれ育った私に、日本語のアクセントがあるのは当たり前なのです。むしろ、私にとって「日本人」というアイデンティティは、私を構成する大切な要素なので、自分のアクセントにも自信をもって話していきたいと思っています。

まとめ

「アイデンティティ」とは、意味をつかむのにむずかしい言葉です。留学を通して、自分のアイデンティティについて考えたり、日常の生活の中でも考えさせられる場面が多くありました。そしていま、アイデンティティの言葉の意味を本当に理解できてきたと思います。自分がどんな人間であるかを理解し、それを言葉として表せるようになると、自信も湧いてくるような気もします。

 

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