留学の幻想を振り払う 前編 ~アホか! そんなうまい話あるわけがない~

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こんな留学ではお金、エネルギーのムダ

アメリカの英語学校に通ったら、すごく英語が話せるようになって、アメリカ人の友だちがわんさかできて、アメリカの大学にフリーパスで入れてと過剰な期待をする。だけど、ちょっと冷静になって考えてみてほしい。

第一にアメリカ人が英語学校にいるわけがないから、アメリカ人の友だちはできない。

英語学校はレベルによってクラス分けされるが、日本人の英語力は似たようなものだから、例えば六クラスあると真ん中のクラスあたりに集まる。日本人がたくさんいるから、日本人の友だちはできるし、ポストがどこにあるとか、銀行に口座を作ったほうが便利だとか、生活に必要な情報は何でも日本語で得られるから、英語を使わなくても困ることはない。

大学とか大学院への入学がすでに決まっていれば、図書館で資料を調べたり、学校へ教授に会いにいったりとそれなりに準備があって、英語を話さなければならない状況に直面するから、「しっかり勉強せなあかん」と思う。

ところが先の見えない人は、毎日を何となくだらだらと過ごしてしまいがちだ。英語学校に通うだけでは何か物足りないので、同じ境遇の日本人が集まっては「これからどうなる、あんたどうするの」と、そんなことばかり話し合っている。

夜中まで興奮してしゃべっているから、次の日は寝坊して授業に出られない。たとえ授業に出ても眠たくて集中できない。ところが夕方になると頭は冴えてくる。一人でいるのも寂しいから、また日本人同士で集まってはおしゃべりしまくる。

ほとんどこの繰り返しで、英語学校ではテストの結果が何点だろうと追い出されるわけでもないから、だんだん勉強なんかそっちのけになる。

私が英語学校で勉強していたときも、予備校と勘違いしていた人がたくさんいて、夜になると「アドミッションオフィス(Admissions Office)で聞いたらこう言ってた。あそこの大学はレベルが高いようだ」って、朝方の三時、四時までそんな話をしていた。

それがエスカレートして、裏口入学できる大学があるだとか、だんだんわけのわからない情報が飛び交うようになっていた。最後には「隣町のコミュニティ・カレッジ(Community College)なら、誰でも入れる」というので、レンタカーを借りてぎゅうぎゅう詰めに乗って出かけていった。

その日に全員が入学したのだが、コミュニティ・カレッジの実情もよくわかっていなかったので、結局一人も卒業しなかったという。

「アメリカで生活していれば、自然に英語が話せるようになる」というのも勘違い。それにアメリカに住んでいても、英語をしゃべる機会は意外に少ないのである。

アメリカ人は愛想がいいから、顔見知りになったら食堂や廊下で会うと「ハロー、ハロー」と挨拶はする。でも、「ハロー」以上話すことがない。

行きずりのアメリカ人をつかまえて「ちょっとあんた、私と話しましょう」と言うわけにもいかない。大学で数学や心理学を取っていればクラスメートと「あの先生宿題いっぱい出すな、授業も難しい」と共通の話題があって初めて話もできる。

仕事の仲間なら下手な英語で「給料安いなぁ」と話しても、相手も興味を示してくれる。共通の話題がなければ、「ハロー」以上は話が続かない。

いくら食堂でぽつんと一人で座っていても、誰も声をかけてくれないから、アメリカ人の友だちはできない。そうなると、やっぱりまわりは日本人ばっかりで、しかもおもしろくない、「こんなはずじゃなかった」と文句を言いながら終わる。そういう人が圧倒的に多い。

結局、英語学校に行くには、そのあと大学か大学院に行くという目的がはっきりしていないと意味がないということ。単なる”好奇心留学”に終わり、時間と経費をムダ遣いするのがオチなのだ。

留学に幻想があるから裏切られる

留学となると、とにかく英語、英語で、アメリカに行けば英語がうまくなると信じ込んでいる。問題は期待する度合い。一〇〇万円も使ってアメリカの英語学校で勉強するのだからと、見返りとして英語の上達を期待するから裏切られる。

日本人は英語のベースは勉強しているから、確かに三カ月も住んでいれば日常生活では困らなくなる。日本の中学三年生までの英語力で、アメリカの小学一年生程度の会話はできる。小学一年生くらいの語学力があれば、最低限の生活に支障はない。食べたいものは買えるし、電車に一人で乗れる。先生に「おしっこ行きたい」ぐらいのことは言える。

プラス大人の目と経験と判断能力があるので、ほとんどのことはすぐに困らなくなる。たとえ英語が聞き取れなくても、ジェスチャーを見ていたらほとんどのことは理解できる。勘のいい人ならアッという間に、不自由のない日常生活を送れるようになる。

どんなに英語ができないと考えている人でも、三カ月くらいで最低限の生活に必要なことは英語で話せるようになる。これは英語力が伸びたのではなくて、中学三年生までの英語を「ちょっと使えるようになった」だけ。

問題はそこからいかに英語力を伸ばしていくかである。新聞や雑誌を読んで知らない単語はメモして、いつでも単語帳を持ち歩いて、一つ一つ覚えていく。覚えたページは破って飲み込むくらいの努力をしないことには英語力はアップしない。

日本語だって小学校に入学してから、日本語の勉強ばかりしたのではなくて、つたない日本語でいろいろなことを勉強しながらボキャブラリーを増やしてきたはずだ。英語もいろいろな分野のボキャブラリーを増やさなければ、そこで英語力はバッタリ止まってしまう。

学生時代に漢字を暗記したのと同じようにコツコツと勉強して、文法を覚えボキャブラリーを増やしていかないと、TOEFL®のスコアは上がらない。

アメリカで英語の勉強をしているというより、毎日何となく流されていて、何の努力もしないから、結局三カ月で英語の能力が止まってしまう。一年間英語学校に通ってもTOEFL®のスコアが全然アップしない。

英語学校でもクイズと呼ばれる小テストがあるが、クラスで勉強したことをテストするのだから、前日に習ったことを覚えていけば、いい点数を取るのはそう難しくない。しかし、テストをクリアして「ああ、しんど」で終わり。テストが終わると頭から抜けてしまうから、TOEFL®のような全体テストになると、いい点数が取れない。

それともう一つ、アメリカの英語学校は日本と教え方が違う。だから突然、違うやり方で教わっても、基礎ができてなかったらなかなか英語力は伸びない。

基礎ができていれば、アメリカのやり方も吸収できる。それに自分なりの工夫を加えて勉強していけば力もつく。こういう学生はだいたい三分の一しかいない。

残りは遊びに夢中になって、学校にも行かなくなる。あるいは真面目に授業に出席していても頭が宙に浮いていて、結局一年たっても伸びない。

努力しなくてはいけないと聞いてはいても、そんなのはスッポリ抜けていて「TOEFL®のスコアが上がらない、英語力が伸びへん、おもしろくない」となる。

ともかく英語を頭に叩き込まなくては、英語力はアップしない。がむしゃらに覚えるか、はたまたどこかで英語で何かやらざるをえないような状況に自分を追い込んでボキャブラリーを増やしていくしかないのである。語学というのは、そういうふうにしないとモノにできない。アメリカの英語学校に通っていても、英語を漫然と追いかけているだけでは、英語をペラペラにしゃべれるようになんかならない。

座っているだけで英語は上達せえへん

「このパンフレットに、英語がちょっとできたら聴講できるって書いてあるんです。大学の授業を聴講したらかなり違いますよねえ」って、聞かれる。

聴講することで英語力が上がるなんて考えるのは、まったくのナンセンス。聴講しても、授業の内容はチンプンカンプンで何が何だかわからない。一日座っているだけでは、何もわからないからすぐいやになる。

アメリカの学生は宿題と予習を十分にこなして授業に出席している。教授もそれを前提に授業を進める。まして留学生は泣き泣きという状態で予習して、それでも授業がわからない。何の準備もしていないで、ただポッと聴講して授業がわかるはずがない。

教室の後ろに座って「ふーん、アメリカの授業ってこうなんか」って、教授のしゃべり方を観察する。何回か聴講して顔見知りになった人に「ハロー」と声かけてみる。「私、日本からきてるんだけど、ぜんぜん授業わからない。いっぺん教科書見せて」て、友だちを作るきっかけにするのだったらいいと思う。ただ聴講することによって、英語力が上がることを期待しているのだったら、そんなことは絶対に無理。

「第一、人間って試験というもので試されるから必死にやるんで、ただ聞いているだけでは、逆に辛いことやと思う」。

英語学校で大学の授業を聴講できる制度があって、「誰でも行けますよ」とエージェントが商品化して、それを売り物にしているにすぎない。

バブルというのもおかしな時期だったと思うけれども、あのころはそれに乗らされた人もかなりいた。仕事辞めてもいくらでも転職先のある時代だったから、英語ができるようになれば「キャリアアップしてよりいい会社に転職できる」と、勘違いしたOLたちもたくさんいた。

エージェントにすれば、OL相手だと商売しやすかったのだ。学生だったら親の同意がいる。いくら本人が行きたいと言っても、親の説得に時間がかかる。

ところがOLは親が反対しても、本人の決心次第。それに五〇万か一〇〇万円ぐらいの貯金は持っていた。そのうえに一〇〇万円ぐらいの借金は、怖くもない時代だった。

それに女性は男性より「働いて、結婚して、子ども養うていかんとあかん」という意識が薄い。男性より拘束が少なく、人生の選択幅が広くて自由な発想を持っているから、エージェントにするとOL留学は"商品価値"があった。

実際にOLを対象にした半年から一年ぐらいの語学留学、キャリアアップ留学をエージェントは売り出していた。一番売りやすかったからだ。

エージェントの思惑とバブルのなかでトラバーユやキャリアアップという言葉に乗らされたOLもずいぶんいた。おまけにマスコミもそれをあおった。

このごろはすっかり下火でマスコミも騒がなくなったし、英語学校で一年間勉強してもそんなに英語はうまくならない。まして三カ月ぐらいでは絶対無理で、キャリアアップするわけがないこともわかってきた。留学に対して、一歩下がって考え、冷静に判断するようになっている。

日本の大学で英文科を専攻しても、英文学を勉強するのだから、英会話ができるようになるとか英語がものになることとはあまり関係ない。それなら「アメリカの大学に四年間行って、何か自分の得意な分野を見つけて、かつその分野の英語力もものにしてこよう」と考える。

あるいは日本の教育だけではちょっと物足りないから、アメリカの大学院に行って本格的に勉強しよう、そのほうが、「勝負できる」と判断する女性も増えてきている。

こんな留学では着いた途端にTHE END

ほかのエージェントに留学の相談にいくと、「予算はどのくらい」「どういうところに留学したい」と聞かれて、エージェントの用意した学校のリストを渡される。そのなかから選択すれば、タッタッタッとすべて手続きしてくれる。

そういう方法での留学に飛びつくことにも問題があるが、エージェントに斡旋してもらって、日本語のパンフレット一枚読んで決めてしまうような留学にはオチがあるのに決まっている。

みんなエージェントの手持ちの英語学校か提携校、あるいは提携校の付属の英語集中講座に放り込まれる。そんな留学先はすぐにいやになって、英語学校を渡り歩いている子が実際にたくさんいる。

第一、英語学校で勉強しても大学に入れるわけでもない。アメリカの学生がハーバード大学に入るために一生懸命勉強するのは、最終学校の成績が重要視されるからだ。日本人も当然、同じことを要求される。

そういうことも考えないで、とにかくアメリカに行けば大学に入れると勘違いするのは、「予備校に通えば、東大でもどこでもフリーパスで入れる」と信じてしまうのと同じくらいメチャクチャな話。

留学はアメリカに着いてからがビギニング。だからこそ、日本でいろいろな準備をしてから出かけていく。日本語のパンフレット一枚読んで決めた留学では、着いた途端に想像していたところと違う、どうしたらいいかわからないとなる。

何の準備もしないで、アメリカに行けば何とかなると思って出かけるから、「こういう書類が必要らしい。用意して」と、国際電話で親に頼むことになる。親は何が何だかわからなくて、ただうろたえてしまう。

実際、「子どもがアメリカの英語学校に一年も通っているのに、いつまでも大学に入れない。国際電話で話を聞いてもどうなっているのかさっぱりわからない」とノイローゼ状態で相談にくる親がたくさんいる。これでは電話代がムダなだけ。解決策は、本人が日本に戻り、準備を整えてからアメリカに行き直すしかないのである。

大学に留学したいのであれば、日本で準備してから出かける。それには学校のカタログを読んで大学を選ぶことから始めなくてはダメ。アメリカの大学は毎年カタログを発行し、そのなかにすべてのことが網羅されている。インターネットでもかなりの情報が得られる。

コンピュータサイエンスを勉強したいのであれば、コンピュータサイエンスの大学のリストを揃える。アメリカには三五〇〇以上もの大学があるので、まず行きたくない州を除外し、残りの州のなかからどういうタイプの大学にするかを決める。

例えば、寮があるところとか、小規模な学校がいいとか、ある程度学校を選別して希望に沿う学校のカタログを集める。次にカタログで学校の歴史、レベル、授業の内容、コンピュータサイエンス以外の科目、課外活動などに加えて要求される英語力、学費を比較すれば自ずと結論を下せる。

ところが「カタログを読んで学校を選んで」と言うと、ほとんどの人が「英語のカタログなんて読めない」と困った顔をする。それでアメリカに行ってどうするつもりかと聞きたくなる。読めないのは当たり前で、「だからこそ準備をするんや」。

要は、みんな学校のカタログ、内容にそれほど差がない。同じ言葉が何度も出てくるから、最初はチンプンカンプンでも、高校ぐらいの英語能力があれば、慣れてくればカタログの一〇冊や二〇冊簡単に読みこなせるようになる。たとえ完壁に理解できなくても、学校を選ぶために必要な情報は読み取れるようになる。

それに、カタログには大学の教育理念に始まって、成績の評価の仕方、施設の説明、必修科目や専攻科目の授業内容に至るまで、学生に必要な情報が何もかも書かれている。実際、私の研究所では、まず大学のカタログを読む方法から指導している。

アメリカの学生もカタログを読んで、用意周到に大学生活に備えているのである。学生として最低限必要な情報なのに、英語だからわからない読めないでは、留学してもビギニングにもならない。行けばなんとかなると考えていたら、それこそ、学校に着いた途端にTHE ENDだ。

腹をくくって留学しなきゃダメ

もっとシリアスなのは、中学・高校生レベルで不登校児の親御さんが子どもを救える道を模索しているときである。

悪質なエージェントは、それこそうまい言葉を山ほど言って、チャッチャと簡単に手続きをしてアメリカの学校にどんどん送り出している。親というのは、「違う環境に行ったら立ち直ってくれるに違いない、大丈夫なんだ」って思う。どこかでいつも賭けている子どもに、裏切られても裏切られてもいい面だけを見る。ちょっとでも子どものいい面が見えると、やっぱり大丈夫だと安心する。

それでエージェントに甘い言葉をささやかれると、頭の隅に不安があってもそれを信じたいのが親の本能、習慣。でも「親もしっかりと腹くくらなくてはダメ」。

確かに、今の日本の教育方法には問題がいっぱいあり、アメリカの教育方法のほうが合う子どももいる。そういうケースがないわけでもない。だけど、それはどちらかというと少数で、アメリカのシステムに適応するかどうかを見分けるのはとても難しい。

留学したいという子どもの発想が、「アメリカは自由の国だから髪型も服装も、それぞれが好きなようにしている。高校生だって化粧もしている。そういう自由なアメリカの学校に行きたい」というのでは、考え直したほうがいい。

現実にアメリカの高校生は、日本の高校生のように甘やかされていない。社会だって親だって日本のように寛大ではない。

アメリカ人は、稼いだものは自分で管理するという意識が強いから、子どもは親からお金をもらって当たり前という感覚ではない。かなり努力して、いただくものだと思っている。アルバイトして稼いだお金でも、厳しくチェックする親が多い。

洋服だって、誕生日やクリスマスだからとか、卒業式のような特別のパーティがあるときにしか買わない。日本の親のように、のべつまくなしに買い与えてはいない。

思想的な面ではアメリカは自由で、どんな意見を言ってもいい。だけど生活そのものは、日本と比べたらものすごく不自由。社会と学校の規制の枠のなかで、不自由な生活をしている。

それを承知のうえで、お金がかかってもアメリカで試したいというのだったら賛成できる。一概には言えないが、不登校児は頭で考えていることと心がうまくかみ合っていないケースがほとんどだろう。

いったんいやとなったらテコでも動かないようなところがある。いやなことがあってもその部分はがまんして、いいところを見て現状を維持しよう、調和をしていこうというバランス感覚に欠けている。

もちろん、単なる青春期に経験する悩みにすぎなくて、二五歳を過ぎたらそんな時期があったことがウソのように普通の生活を送っている人もたくさんいる。

それでも留学して成功する確率は五分五分である。適応するかもしれないし、すぐに音を上げるかもしれない。親から離れて外国で暮らすのは、普通の子でも難しいのだから、問題を抱えているとなると、成功率は当然低いことを覚悟しておくべきだろうと思う。

いやなルームメイトや気にくわない人と上手に付き合えずに、ちょっといやなことが起きたら、すぐに「日本に帰る」と言い出す可能性が高い。

留学に賭けるのは、成功率が五〇パーセントでもぜひ試させたい、たとえ留学費用は捨て金になってもいい、うまくいかなかったときには潔く諦めて日本で違う方向で考え直す、というほど肝のすわった考え方ができるのであれば、私は賛成できる。

もうちょっと冷静に考えたほうがいい

二年や四年留学しただけで、英語力を売り物にできると期待するのにも問題がある。分野を絞ればその範囲で、英語力はすばらしく磨けるので、それを売り物にすることもできる。しかしゼネラルな英語となると、帰国子女がたくさんいるから、二年や四年留学したぐらいではまったく勝負にならない。

帰国子女がバイリンガルになるための苦労は、並大抵ではない。本人と親が苦労と忍耐を重ねている。月曜から金曜まではアメリカの学校へ通い、土・日は塾で日本語の学習雑誌やビデオを見て勉強する。

どちらかの親は、家で日本語しか話さない。英語で話しかけても返事しないくらいの徹底した親の協力と、子どもの努力で英語も日本語も修得している。アメリカに住んでいれば、自然にバイリンガルになれると思うのは、まったくの幻想。二年や四年留学しただけで、帰国子女に太刀打ちできる英語力が持てるなんて考えるのは、ムシのいい話だ。

アメリカに留学して、「帰ってきたら英語を使った仕事をしたい」という学生も多いけれど、これもかなり難しいことを覚悟しておかないとダメ。

第一に、日本の社会で英語を必要とする仕事は、そんなにあるわけがない。今の日本には、外資系の会社がたくさんある。特に私の事務所はアークヒルズにあるので、周辺には外資系の会社が山ほどある。

そういう会社でも、日本では日本人がお客様で日本人を相手に仕事をしている。確かに日本語を話せないトップの人もいるが、新入社員と英語で仕事の話をするわけがない。

留学した経験を生かして仕事をするには、宝石でも何でもいいが分野を絞って勉強すると有利になる。例えば、環境問題に関してはかなり深いところまで勉強して、知識と理解があり、その分野であれば、相当のレベルの日本語と英語で議論ができるというのであれば、知識と英語をアピールして仕事を見つけることもできる。

通訳になりたいと考えている人も多いが、今は通訳受難の時代と言われていることを知っておいたほうがいい。旅行用の英語くらい話せる人が増えているから、簡単な会話の通訳はどんどん必要なくなっている。専門分野を絞って英語を勉強したのでなければ、通訳としてはとても成り立たない。

例えば、デパートのバイヤーが宝石を買い付けにいくとなると、何億円ものお金が動くから通訳を雇う。ところが通訳に宝石の知識がなくて、商売の駆け引きもわからないとなったらお話にならない。

昔だったらそれでもごまかせた。でも今の時代、デパートのバイヤーで簡単な英語が話せない人はまずいない。通訳に宝石の知識があるかどうかはすぐに見抜いてしまう。そうなると「通訳なんかいらん」となる。

コンピュータ業界も日進月歩で、ほとんどの通訳はその知識についていけない。技術者は通訳を介して話が混乱するくらいなら、技術者同士が筆談で直接交渉したほうが「早くて正確だ」ということになって、技術者が英語の勉強をする。

通訳として英語を生かすのは、非常に難しい。二年や四年留学したくらいでは、通訳として稼げない。まれにはなれる人がいるかもしれないが、ほとんど無理。

(著書「アメリカ留学で人生がおもしろくなる」より抜粋)

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栄陽子プロフィール

栄 陽子留学研究所所長
留学カウンセラー、国際教育評論家

1971年セントラルミシガン大学大学院教育学修士課程を修了。帰国後、日本で留学カウンセリングを立ち上げ、留学指導を行い、これまでに7000人以上の留学を成功させる。留学関係の著作も多数。 » 栄 陽子留学研究所について