自分を慣らすことに必死だった1年目 |
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留学して一年目に悟った(?)のは、「これ(留学)は修行だ」ということ。2年目に今の学校にトランスファーしたのですが、はじめにいたところはバージニア州の今よりもっともっと田舎の学校。栄 陽子留学研究所で学校を選んでいる頃は田舎志望だったのに、いざ生活するとなると、東京出身で毎日便利な生活ばかりしていたわたしは、心身ともになかなか馴染めませんでした。のんびりした温かい雰囲気の中で、ひとり膨大な量の課題と汗して涙して闘う、ということが一番の試練でした。気を抜くと、田舎に帰省した気分でのんびり過ごしてしまいそうな土地柄でした。そういうわけで、初めの年はまず、自分をその場所に慣らすこと、適応すること、人々と上手くやることにかなりエネルギーを使いました。先輩の日本人や、近くの部屋のアメリカ人がアドバイスしてくれて、精神的に支えられました。その一年のお蔭で適応力ばかりは培われた気がします。結局は自分次第だから、そういう自分をどう導いていくか、ということが問題なのですね。
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2年目にはできた留学の「おいしさ」を味わう余裕 |
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それから英語で勉強すること。「初めの3か月さえ乗り切れば」という陽子先生のお言葉通り、留学当初の3か月は毎日がおそろしく長く感じられました。今でも忘れないのはあの3か月間、一番思い悩んだころ。日本では中学でも高校でも、英語が一番好きで得意で、テストもそれなりに乗り越えてきたのに、毎日テキストを英語で読んで英語で書いて…と英語尽くしの生活は思ったより何百倍もきつかったです。文法はいくら日本で英語の授業で完璧にマスターしたつもりでも、教授から返されるペーパーはいつも赤ペンで直され、文字どおり「真っ赤」でした。疲れもストレスも溜まって、1時間に1ページも読めずに時間ばかり過ぎて焦ったり、図書館で眠りこけてしまったり etc. (まあ今でもよく寝ていますが)。いろいろ大変なことがありました。それによく泣きました(部屋で泣いたり、図書館で泣いたり…)。
二年目はだいぶ余裕ができてきて、自分のペースをつかめた年でした。休みはNYに遊びにいったりもできました。留学の「おいしさ」を味わい始めたかな? と思います。これから3年目を迎えますが、また新たな苦労がでてきそうです。4年間でもっとも過酷な年らしいですねえ…この二年でついた自信は、「どんなことも、やれば何とかできる」と知ったところから来ると思います。テスト前はいつも泣くほど大変だけど、どうにか荒波を越えてきているので、これからもOKOK、のはず!
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先生や友達に助けられる毎日です |
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もちろん、自分の力だけでなく、いろんな人に支えられている毎日です。先生や友達はいつでも助けようとしてくれます。「電話でもファックスでもメールでも手紙でも何でもいいからとにかく相談しなさい、緊急事態になる前に何でも話しなさい、そうすれば解決方法が探せるから」と本当にwelcome な姿勢の先生に恵まれて、「今度の休みはどうするの?」と心配してもらったり、こちらからも、ちょくちょくメールで質問や相談をさせてもらったりしています。 一人で抱え込むことはお蔭さまであまりしないですね。甘えすぎ? 「英語ができない、どうしよう」なんて答えようのない相談をした時は、ちょっと先生を焦らせてしまったようですが、それでもちゃんとアドバイスしてくださいました。ちなみに、TOEFLは毎日の努力の成果か、ちゃんと伸びています。
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反対した両親も2年目には「留学させてよかった」 |
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留学前、両親は反対していました。それほど苦労も知らずに、ぬくぬくと育った18歳の娘が苦労をどう乗り越えていくのか、想像もできなかったのではないでしょうか。ようやく「留学させてよかった」と言ってもらえたのは2年目に入ってからでした。親がわたしのことを信頼し始めてくれたかな、という感じ。しめたぞ。
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夢は国連で活躍することでした |
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夢は夢、でも現実的に乗り越えるのは楽なことではないと実感しています。
国際的な関心が昔から強かったので、国連で活躍するのがもともとの大きな夢でした。高校の時にニュージーランドで語学研修をしたときから留学という夢を持ち始めました。でもすぐにはなにも行動しませんでした。進路を決定する高校3年生になってやっと留学を決意しました。それから栄 陽子留学研究所に何度か通って具体的に留学準備をしました。夢が形になっていくことを実感してとてもわくわくしていました。
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留学してから育ってきた国際感覚 |
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留学してから、世界のことについて勉強したり、いろんな国から来た留学生と毎日いっしょに生活して同じ教室で学んで、意見を聞いたりしているうちに、日本にいる間にはなかった感覚が自分の中で育っていることに気づきました。いわゆる「国際感覚」って簡単に説明できるものではないし、なんだろうと自問している毎日ですが、世界は日本だけではないと知ること、違いを知ってそれを受け入れること、自分たちと異なった様式で生きている人たちと同じ場所で生活すること、それから自分の意見と「ノー」を言えること(ノーは大きいぞ)、これを毎日続けると何か新しいものが生まれてくる気がします。もちろん、それは簡単なことではないし、初めは拒否したくなることもあります。でも時間をかけることでだんだん慣れて受け入れられるようになります。
わたしは日本のことを教えたり、聞かれたりすることをうれしく感じる自分に気がつきました。アメリカ人に日本語や日本について教えている時、彼らの素直に「知りたい」という気持ちをとてもありがたく感じます。日本について、自分でもまだまだ勉強しないと教えられないことが多いですが、海外に行く日本人一人ひとりができる事ってあると思うし、それをやることで日本に対する興味や理解も増すと思います(親日派が増えることは嬉しいことだし)。
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「恵まれた国、日本」にも気づく |
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日本の外で暮らし始めてから、日本は本当に恵まれた国だということに気づきました。日本にいる間は自分の国がどう見えるかなんて、あまり気にする機会がありませんでした。もちろん、日本国内の大変なニュースもたくさん聞きますが、世界の中で、日本はとてもリッチな国です。これは海外に出て、外から見て初めて実感することかもしれません。そういう恵まれた立場の自分が、日本人としてできることは何かと日々模索中です。(人種)差別的発言や、タブーの言葉には敏感になりました。自分が「外国人」として言われたくないことって人には言えなくなりますよね。
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「目標」が留学生活を後押し |
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最後に、「目標」は本当に大事なものだと知りました。辛い状況を乗り越えるのは、結局最後は自分で、そういう自分の一番の「核」になっているのが夢や目標だから。たしかに毎日大変で、帰りたいと思うこともあると思いますが(わたしも何度もありました。でも思うだけ)、目標が最終的に自分をそこに引き留めておくと思います。そこでがんばっているうちに、いろんな力が身についてきて、いつのまにか自信を手にしているはずです。
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栄先生には、「夢を現実に変えるパワー」をもらいました |
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栄 陽子留学研究所には、親を説得するために力を貸してもらったり、大学選びを初め、ピンチの時にアドバイスをもらったり、いろいろとお世話になりましたが、何よりも留学を始め夢を現実に変えるパワーをもらった気がします。陽子先生を始め、カウンセラーの方々に感謝しています(もちろん両親にも)。この感謝の気持ちは、「卒業」で示すことがまずは目標です。
3年目のスタートにいる今ですが、また引き続き、がんばろう。これからどんな苦難に出遭うかは分かりませんが、留学中の仲間たちも、これから留学されるみなさんも、同じようにがんばっているアメリカの子たちも、みんな諦めずに乗り切っていこう!!!
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