高校留学体験談:栄陽子留学研究所
土子 麻衣子(つちこ まいこ)さん
St. Timothy's School(メリーランド州)卒業

高校留学編




特集  アメリカでの授業

Mrs. Gildeaの生物のクラス

私がSt. Timで一番印象に残っているクラスはMrs. Gildeaの教える生物のクラス。 Mrs. Gildeaのことは第3回でも少し述べたが、彼女のクラスを取ったことで 私の高校卒業後の進路はぐるっと大きくかわってしまった。私は、いつか自分でDisney映画を作るためにも、大学に入学してからはArtの勉強に専念するつもりだった。でも、Mrs. Gildeaの授業を受け、生物学のおもしろさを知ってしまい、私は後に大学でArt専攻ではなく、生物学を専攻することになる(この話は大学編で詳しく話すことにするのでここでは省略)。さて、本題に戻って、なぜ彼女の授業が印象的だったかお話ししなくては。

Mrs. Gildeaのクラスが始まると、まず私の目はいつも彼女の机の上に。Mrs. Gildeaはクラスに必ず缶入りのチェリーコーラやぺプシーコーラを持ってくる。それを飲みながら授業を進行するのが彼女のスタイル。堅苦しい日本の先生の授業スタイルを知っている私にはMrs. Gildeaのそんな自由気ままな姿がとても珍しく新鮮に見えた。

Mrs. Gildeaのクラスには黒板がなく、かわりにオーバーヘッドプロジェクター(OHP)を使っていた。今、私はコンタクトレンズをはめているが、当時私は眼鏡をかけていた。かなり大き目の眼鏡で、あまり遠くの字は読めなかった。だから、OHPの文字が見ずらくていつも一番前の席を陣取り、目をこらしてそこに書かれた英文を見つめてノートに書き写す。ノートに書き写すことに気をとられていると、授業中のMrs. Gildeaの話を聞くのがおろそかになってしまう。これではせっかくノートをいくつものアルファベットで埋めることができても肝心な授業の内容が理解できない。

初めは、途方にくれて授業中に下を向いて、悔しくて涙ぐむ日が続いたけれど、ある日Mrs. Gildeaがそんな私にアドバイスをくれた。授業中はノートのことはいいから、彼女の話に集中して、後でクラスメイトからノートを借りなさいと。

私はさっそく翌日から、授業の後に友達からノートを借り始めた。そして夜のStudy Hourの時間までに自分のノートに書き写し、時間のある時はMrs. Gildeaのアパートへ行って彼女に授業中にわからなかったところを個人的に質問するようにした。Mrs. Gildeaの提案でアメリカ人の生徒の何倍もの時間を要して一日分の授業のノート作りをすることになってしまったものの、時間をかけた分、彼女の授業をとてもよく理解でき、気がつけば生物の成績はいつもAだった。

日本ではあまりいい成績をとったことのない私がA平均。徐々に自分への自信が湧いてきたと同時に、「もしかしたら私でも医者になれるんじゃないだろうか」と思うようになった。私は動物が大好きなので 医者は医者でも獣医になりたいと真剣に考えるようになり始めた。こうして、私は一挙にArtの道から生物学への道へと目標を変えていった。


苦労を努力で乗り切る

印象に残っている課題や宿題といえば……やっぱりあの電話帳のように分厚く重い教科書に毎日かじりついて、英和辞書片手に読んでいたことだ。教科書の内容は、もちろんびっしりと英語だけで書かれてある。Englishの授業には小説を読まされる宿題が多かったし、それならまだストーリー性があるから読みやすかった。

でも生物の宿題で教科書を読むとなると話は別。Mrs. Gildeaは授業中教科書の内容をいきなり質問してきたりするし、ちゃんと理解しなくてはいけないから何倍も読むのに時間がかかる。「ああ〜〜〜もう読みたくない!」何度あの分厚い教科書を壁にぶつけたくなったことか。ストレスもたまるし、叫びたい気分に何度もなった。

私は普段、授業を聞くことが精一杯で先生たちの言葉を完全に理解できていたわけではなかったので、思ったように発表もできず黙っているしかなかった。口の中に脳みそでもあるんじゃないかと思うほど、クラスメイトは授業中にうるさいくらい自分の意見をどんどん発表しているのに、黙ってそれを聞くしかできない自分の状況が苦痛だった。毎日クラスメイトからノートを借り、授業中では全然意見を言わない私は、皆からどう思われているのかとても気になっていた。

そのことを先生やルームメイトに話しても「麻衣子はがんばってるよ。それに留学生なんだから仕方ないじゃない」と言われて、初めの頃は 私も「そう私は留学生で、周りの生徒とは違うんだ」と割り切っていた。

でも日に日に眠っていた私の負けず嫌いな性格が刺激され、いつしか英語の壁のせいで周りから同情されることも自分がその言葉に甘えることも苦痛になってきた。仕方ないと頭でわかっていたが、私もアメリカ人生徒と同等に扱って欲しかったし、私=留学生という目で見られるのが嫌だった。

そのためにも周りからみくびられないように、自分のことをちゃんとクラスメイトから認めてもらえるように人の何倍も努力することで見返してやろうと思った。どのクラスでも授業が始まる前には必ず予習をして教科書にもちゃんと目を通すようにした。そうすることでいつか周りの生徒たちと対等になって自分の意見を言えるチャンスがくるのを待った。だから、どんなに嫌でも面倒臭くても必死になって毎日教科書と格闘していた。ほんとに当時の私の集中力は自分でも驚くくらい凄かった。


精魂を使い果たしたExam

Exam(試験)は、中間テストと期末テストがあった。生徒たちには、テスト二日前から試験勉強期間が与えられ、朝から晩まで試験に向けて勉強することになっていた。

生徒は好きな場所で思い思いの勉強することができたので、私はいつも図書館で勉強していたが、人が多くてうるさいときは、だれもいない教室に忍び込んで一人で勉強していた。友達に聞いて勉強するのもよかったが 不器用な私はだれかが周りにいると気になってつい話しかけたくなるから集中できない。どうしても質問したい時以外は一人で勉強するしかなかった。

試験の本番の日は、朝10時くらいになると生徒たちがキャンパス内にある文化ホールのような会場へ集まり、時間になると学年ごとに決まった席に座る。机の上にはノートのようなブルーの試験用紙が置いてあり、その上に名前を書き込む。全学年がそろったところで、先生が試験の時間と回答の書き方のルールを説明してくれてから「用意はじめ」の言葉で試験開始。

留学して間もない頃は、書かれた問題を理解するのも辞書を使って調べなきゃならなくて、アメリカ人生徒の何倍も時間がかかった。それに、辞書をめくる音が回りの生徒の邪魔にならないようにと、文化ホールの奥にある控え室のようなところで、一人で試験を受けた時もあった。一日に2クラス分の試験を受けるのだが、生徒たちが与えられていた時間は2時間だけ。

みんなお昼ごろには終わっていたが、私は3時間かかることもあったし、生物のテストでは、朝10時から始めて夕方の4時まで時間がかかった時もある。まじめに勉強している私の努力が報われるように、試験でも私が力を発揮できるようにという先生たちの特別な御配慮だった。確かに、時間をかけて自分が満足するまで試験をじっくりと受けさせてもらえたのはラッキーだったが、正直なところ、試験が終わったときには、精根尽き果てて、もうぐったり。頭も使いすぎてか、プスプス状態。まるで頭に無数の穴が開いて、そこからガスが抜き出すような感じだったと言ったら理解してもらえるだろうか? でも、長時間だったけれども試験をやり遂げたという満足感はとても爽快で、嬉しさがこみ上げてきて思わず笑ってしまった。


ディスカッションのバトル

授業の行われ方は、まず日本と同じように名簿を先生が読んで出席を確認することから始まる。それから、教科書とノートを広げて授業の内容に入っていく。Englishのクラスでは必ず何ページも読まされてストーリーを理解する宿題がでた。

忘れっぽい私の場合は、教科書の横に各章ごとに書かれていた内容をまとめて、英語ではなく日本語でメモしておいた。そうすることで授業にそって教科書のページを開くと 自動的に日本語の解説メモが書かれてあるわけだから、先生の言っていることもよく理解できたし、1年もすると自分で意見を言うだけの余裕ももてるようになった。

クラス中はとにかく先生と生徒のDiscussionバトル。先生のむずかしく突っ込んだ質問で、生徒はとにかく考えさせられっぱなし、そしてそれを人前で堂々と発表しなくてはいけない。

私のEnglishの先生Mrs. Glifithも、Mrs. Gildeaのように留学生の私をとても理解を示し、いろんな面でアドバイスをくれた先生の一人だった。彼女の場合、私を他のアメリカ人生徒たちといつも同等に扱ってくれたけれど、別の言い方をすれば「留学生だから」という甘えは彼女には通用しなかった。授業中でも必ず一日に一回「麻衣子の意見を聞かせてちょうだい」と言ってきたし、どんなに私が彼女の英語を理解していなくても、わからなければ何度も同じ質問をしてきて、私に必ず何かを発言させた。

留学する前、私は自分の意見を人前で発表するのが大の苦手だった。そんな私だったから、留学当初はMrs. Glifithに質問され、その質問の意味がやっと理解できたとしても、どう答えていいのかわからない。自分の考えを上手く英語として表現することもできず、途方に暮れ、顔を真っ赤にして先生の顔を見つめるしかできなかった。あんまり彼女の授業が辛くて、授業中に人目を気にせず声を出して泣いたことが何度もあった。

Mrs. Glifithは授業中はとても怖い先生だったが授業が終わると、落ち込んだ私をちゃんと励まし勇気づけてくれた。私がいつまでたっても泣きべそ面をしていた日、決まって彼女は「さぁ麻衣子、笑顔を見せてちょうだい。あなたはすばらしい笑顔をもっているんだから」と言ってきた。

私は単純だからさっきまで泣いていたくせに、そうやってMrs. Glifithに褒められるといつもニコッと照れ笑いをする。するとMrs. Glifithも「あ、やっぱり麻衣子の笑顔は最高ね」と言って私にからかうような笑みを浮かべながら私にウインクして見せる。厳しいときは厳しく、叱るところは叱り、褒めるところは褒める。彼女のそんなメリハリのある授業スタイルのおかげで私は鍛えられ、人前で話す度胸を徐々に身につけていった。


日本の高校VS.アメリカの高校 授業と勉強の仕方の違い

日本の高校とアメリカの高校の授業の違いは、やっぱり先生と生徒と関係だと思う。アメリカでは授業中、先生も生徒も同等な立場でDiscussionする。もちろん、先生が授業の進行役であるのは日本と変わらないけど、先生は生徒の意見を重要視する。完璧な答えなど存在しないから、たとえ先生の考えと違う意見を生徒が述べても、それを間違いだとは言わず、生徒と一緒になって新しく出た意見について、一生懸命、お互いが納得するまでとことんDiscussionする。先生が頭ごなしに否定しないから、生徒たちも自分の意見に自信をもてる。

先生だけでなくクラスメイト全員が、発言する人の意見に興味をもって聞こうとするから、その生徒は自分の意見を発表することが楽しくなる。アメリカ人生徒が授業中に、積極的に手を挙げてしっかり発言できるのは、先生と生徒のいい関係が成り立っているだけでなく、授業中の生徒間同士の関係もすばらしいからだと思う。日本の授業で、先生のいうことをオウムのようにリピートするのではなく、自信をもって自分の意見をしっかりと言える生徒がどれくらいいるだろう? そんなクラスメイトの発言に興味をもって耳を傾け、それに対して意見があれば言い返すことができる生徒が、日本の学校にどれくらい存在しているだろうか?


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