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New York 大停電レポート

留学生 清水舞子さんによるレポートです。 清水さんは、NYCにある Parsons School of Design 在学中。

停電に付いて舞子レポートっす。

私とかいって大顰蹙なんですけど、大興奮の停電でした。

早速、夜真っ暗な中ライト持ってルームメイトと水調達がてら散歩に出たんですけど、近所中の人がストリートに出ててわいわい雑談してました。

何せ家の中は暑いので。

雰囲気的にはなんだか夏の縁日さながらで、みんなは楽しそうでしたよさすがブルックリンのくそ田舎とゆうほどに。私といえば、へらへらしながらやけくそでアイスなんか食べちゃいましたよ。御存じ車の屋台形式のアイス屋の車内ライトと一般車のヘッドライトと人が持ってる懐中電灯しかストリートに明かりがなくて特殊な光景でしたよ。もう真ああああああっ暗!

真直ぐな道がどこまでいっても信号もお店も out of light。でもロウソクだけで、商売してる万屋もありましたよ。あと星もよく見えました。私が見たのは多分天の川だったような。夏にアメリカ東海岸から天の川って見えましたっヶ??

信号がなくて危ないから大通りでは一般人の人がボランティアで交通整備やってました、笛ぴーぴー吹きながら。こうゆうところがアメリカって感じよねーって思いました。

虎と舞子

で、話は戻りますが、そのアイス屋台にもう長蛇の列で、みんなアイスでも食わなきゃらってられっかって感じでガッツいてましたさ。そのアイスを片手に家路に急ぐ人がもうゾロゾロゾロ。

21世紀が一気に1900年代に戻ってました。私のブルックリン生活は半分ぐらいアナログなので、そんなに焦りもダメージもなかったんですが、普段デラックスライフなマンハッタンの住人はかなり辛そうでしたよ。水もガスも通常通りだったはずなんですけど、高層階まで水を汲み上げてたのが電気らしくってこの季節シャワーなしだったそうです。くたくたになってやっと歩いて帰っても風呂に入れないなんて可哀想にーー。上のほうは窓も開かなそうだし。

マンハッタンでは道ばたで一晩寝る人が沢山居たとかなんとか。誰かは、水は出てもガスが止まったってゆうひとも居ました。停電したのが4時11分だから夕飯の用意もまだだった人が多かったんじゃないでしょうか。ガスがつかなきゃカップラーメンも食べられないっつーの。現代人がいかに電気に頼ってるかってことですよねー。電気の発明ってすーごーいーー。

ニューヨーカーなら誰でも思ったのが911のテロのことだったみたいですけど、今回のはテロ的なものとは無関係らしいとゆうことで、 みんなとりえずは落ち着いていました。ロウソクだけで、酒飲んではめをはずしている若者も後日ニュースに映っていました。この大停電ですが、これでニューヨークでは3回目みたいで、NYカーはもしやものを学ばないのか?とも思ったり...。

そんなわけで、今日はどこも100%電気復帰したみたいなので、後で「」車でチャイナタウンに魚を買いに行って来ようと思ってるんです。

ちなみにその4時11分当時、夏休みプラス時差ぼけで私はカーカー昼寝してて何にもわかんなかったんです、実は。なんてのんきな私でしょうね。

しかも遅めのお昼にチャーハンを作り過ぎてたのが幸い残っていたので夜にはそれをガスで温めて食べました。ちなみにコンロにはマッチで火をつけました。

バーちゃんとの生活がこんなところで役にたつなんて−。

とゆうわけで、私は何の不自由もなく生活をしていたのでしたー。可哀想だったのが、仕事してるルームメイトで職場の自転車を借りて1時間ぐらいかけて橋渡って帰って来たそうです。オツカレさんって感じです。翌日もガンバってその自転車で仕事に行っていましたが、その時点ではマンハッタンはまだ復帰していなかったので帰って来てました。何か昨日の夜辺りに全面復帰したとかゆってたような。

そん時にはもう私は寝ていたんですが。初日のそのブルックリンブリッジですが、おデブのおばちゃんとかはもう座り込んで泣き出していたそうです。もう橋中民族大移動のように人ばっかだったそうです。私は見れなかったのでちょっと残念ですが、こんな時なのに家でだらだらしてるのも乙なので二日目は帰って来たルームメイトと近所にアイスコーヒー買いにいっただけで1日が終わりました。

いやー普段から倹約のアナログ生活ってしとくもんですねー。

- 留学生の鏡、舞子 2003年8月20日 -

 

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