「留学と、自分の人生を真剣に考えている人にカウンセラーとして伝えたいこと」留学がすべてのはじまり-私の留学- 第6回

前回までのあらすじ

奈良県生まれ、お嬢様育ちの栄 陽子(サカエ ヨウコ)。米国ミシガン州の大学院に留学し、猛勉強の末に修士号を取得。帰国後は留学カウンセラーとして活動をはじめ、以降50年以上に渡り10,000人以上の留学を成功させる。今回の留学体験記最終回では、そんな彼女から「留学を真剣に考えている人」へメッセージを綴る。


12.自分で考え行動して責任をとって生きる

『なるべくいい高校に行きなさい』
『なるべくいい大学に行きなさい』
『なるべくいい会社に入りなさい』
『それ以外の余計なことは考えなくていいよ』

という日本の教育を受けて、そのことに疑問も持たず生きていく人はいいけど、ひょっとしてちょっと違うんではないか、と思ったら最後、どうしていいかわからなくなる人もたくさんいる。

人生は本来、余計なことをいっぱい考えないとやっていけないのだけど、余計なことを考えないようにして生きてきた人が、実際、余計なことを考えるというのは大変なこと。自分でわけがわからないうえに、人に相談したら白い眼で見られるのがおち。

日本の中では、余計なことを考えたり、実行したりしようとすると、社会の常識という、得体の知れないものの圧力を受け、大きなエネルギーを出してはね返さなければならないという仕組みになっている場合が多い。

多くの人は、そういったエネルギーを出せずに終わってしまう。それに人間って、「圧力に負けた」とかブツブツ言いながら生きる方が、それなりに楽なものでもある。

アメリカは、何でも自己責任の社会だから、自分で考え、自分で行動し、その責任は自分で取ることになっている。だいたい、大学を卒業して一斉に入社するなんてことは考えられない。

まず大学生なのだから、大学を卒業することが一番の目的で、日本のように大学生という仮面をかぶって就職先を探すというようなことはやってられない。

卒業式寸前まで必死に勉強しなければやっていけないのが普通で、卒業してやっと落ち着いて就職のことを考える余裕がもてるというもので、だから、卒業して半年くらいたったころから就職したり、自分で何か始めたりというようなことが出てくる。

そんな世界で勉強したり生活したりすると、自分自身を見つめる時間が持てる。

また、国を離れると、自分の国や、親やそのまわりの人々、それに自分自身についても、あらためて客観的に見ることができるようになる。


13.自分の頭と足とカンを信じる

そんな中で一度、自分の生き方について考えてみたい、というのは人間としてごく自然なことであり、また、そういうチャンスを持つというのは人間としてとてもラッキーなことだと思う。

留学なんていうのはスリルとサスペンスに満ちた生活で、英語で暮らすというだけで日々充実感を味わえるわけで、その上に、自分についてもう一度考えたり、英語力というおまけがついたりというのは大変すばらしいことである。

ただし、それは、留学が終わってからしみじみと味わえるもの。

留学中はそれはもう勉強が大変で、言葉のハンディのため脳みそもフル回転しなければならず、ボディランゲージも、先生への泣きつきも何でもありで生きなければならない。

そういう生活を通して、私たちは日々生きることへの努力や工夫、創造力といったものを大いに刺激される。

こうやってダメならBの道、それがダメならCの道と、人間なんだから何とか工夫の道があるはずだとあらゆる手だてを考える。

留学生が帰国後、人聞が強くなるというのは、そういったことである。

まわりに流されない、自分の頭と足とカンを信じる、少々のことではあきらめないというようなことは、仕事をしていくうえでも大変大きな力になる。

そういう意味では、アメリカで何を勉強したとしても、こういった力は得られるわけなので、究極的には、何を勉強したってかまわない。

そもそも、人間が二年や四年勉強したからといってその道のプロになるほど、世の中あまいものではないのだから、アメリカ留学で自分を見つけるということが目的であっても、全くかまわないということがいえる。

特にアメリカのリベラルアーツ・カレッジでは、自分を見つけることが目的であり、四年の間に専攻を変えても、専攻を二つ取ってもいいシステムになっている。

自分が何をしたいかわからないということで悩んだり落ち込んだりする必要はない。だいたい本当に自分が何をしたいかなんて、人生永遠のテーマなのだから。


14.留学の目的選択のヒント

それでもせっかくアメリカに行くのだし、せっかく勉強するのだから、やっぱり何か究極の目的があったほうがいいということも事実だ。

早く自分に合ったことを見つけて、その道を究めていけるというのはそれなりにラッキーなこと。だから何を勉強するか選ぶための、3つのヒントを贈る。

一 将来の仕事に役に立つもの

二 自分が面白そうだと思うこと

三 ある程度やれそうと思うもの

一は、家業に関係があるとか、就職しやすそうだというものを選ぶという方法で、まあ一番オーソドックスなやり方。

現代なら、やはりコンピュータサイエンス(Computer Science)や、ビジネス・アドミニストレーション(Business Administration)などが、誰でも考えつくものだと思う。

就職が気になってしようがないという人は、こういったものが安全だと思う。

特にコンピュータサイエンスは、日本に数少ないものだし、日本ではかなり遅れているので、アメリカならではの勉強ができるはずだし、就職先も日本のみならず外資系の会社もワンサカあり、また、ベンチャー企業もいっぱいある。

二は、文字どおり好きなもの、面白そうなものを選ぶ方法だ。好きなものが何もないという人も結構いるが、そうすると、嫌いなものから消していけばいい。

公務員には絶対なりたくないとか、サラリーマンにはなりたくない、とか。

どんどん消していって、要は人間に興味があるとか、自分にだけ興味があるとかというのであれば、教育学とか心理学とかをやってみればいいのだ。

好きなもの、面白そうなものを見つけるのは、そんなに難しいことではないのだが、どうも、自分の中に眠っている興味を掘り起こすと、「何、それって言われそう」と思っている人も結構いる。

スポーツに興味があるとか、絵に興味があるとか言うと、「どうやって食べていくの?」と言われそうだし、確かにそういうもので食べていけるわけでもないし、、、とつい考えてしまう。

しかも、そういう世界って、小さい時から訓練しているか、才能がないとやれるわけないと思い込んでいる人も少なくない。

したがって多くの人は、自分の好きなことや面白そうだと思うことを、本当につきつめてちゃんと考えたことがないのだと思わざるをえない。

そんな余計なことを考えるな、という教育を受けるということは、そういう意味で結構こわいことなのだ。

しかしながら人間は、やっぱり自分にとって面白いとか、好きとか思えないと、なかなか長続きしないものだ。

まして、今の日本のように飢えることのない社会では、いくら役に立つからといって、好きでもないものを勉強するというのは、苦痛以外の何ものでもない。

私は、この好きなものというのを選ぶのが一番いいんじゃないかと思うのだけど、このことについては、また、改めて述べる。

三の、やれそうだというものの選び方についてお話しすると、アメリカで英語で勉強するのはそれなりに大変なことなのだけど、自分がよく知っていることや、好きなことを勉強するのは、何とかやっていける。

でも、全く知識のないこと、興味のないことをやるとなると、これは本当に大変。

たとえば、英語はまあまあでも経済学について全く知識のない人が、突然、英語で経済学を勉強するのと、ある程度、経済学について知識や、そのうえに意見まで持っている人が、たいしたことのない英語力で辞書を引きながらやるのと比べると、英語力不足でも、知識のある人が勝ってしまうというのは、自明の理だ。


15.留学には自分の興味があるものを

私は、留学する時に大学院で何を勉強しようかハタと考えたものである。

何しろ日本にいる時にあまり勉強らしい勉強をしたこともなく、ただアメリカの大学院に行きたい、と思うだけの人だったから。

何を勉強するといっても、経済学や経営学については何もわからない。

その当時、日本でも視聴覚教育といって、LL教室などで、テープレコーダーやテレビなどを使って教育するということに注目が集まっていて、アメリカではそういったものが盛んだということは、私のひとつのヒントだった。

「そうかー、視聴覚教育か」と漠然と思っていた。

自分が興味のあるものといえば、やはり人間だし、それでは教育学にしようというのが、はじめの考えだった。もちろんその分野にこれといった知識はなかった。

しかしながら、教育については、一応、小、中、高、大学と教育を受けて、身をもって体験したわけで、かつ、「何の意見もないわけではなく、私なりに多少のことは言えるかな、何しろ、アメリカでは自分の意見を言わなくてはいけないらしいから」というのが私のごくごく短絡的な考え方だった。

余談だが、アメリカで教育学を勉強してショックを受けたことがある。

視聴覚教育のもっともすぐれているのがNHKの教育テレビだということがわかったことだ。そのため、私は、せっせとNHKの資料を取り寄せて、それをネタにレポートをいっぱい書いて点数かせぎをしたものである。

アメリカの大学の先生は、先生自身知らないことがたくさん書かれた学生のレポートはとても好きで、いい点数をくれる。それは他の学生や先生の刺激になるからだ。

このへんはただ先生から習ったことを書くという日本のレポートのあり方と全く違う(日本のレポートは、おさらい程度と言えるのではないか)。

その次にショックを受けたのは次のようなことを習ったことだ。

これからの学校の先生は、一人で全部するのではなく、三つのタイプに分けなければならない。なぜなら、情報が過多になって、一人の先生ではとてもまかなえない時代が来るから、というものだ。

一つは、情報を収集、分析する専門家。一つは教える専門家。もう一つは、生徒の発達に応じ、生活指導も含めて、生徒と話ができるカウンセラー。

この三タイプの先生で教育を行っていかなければならないというのだ。

このことは、今の時代になってみれば教育のみならず、どの分野でも考えるべきヒントが多く含まれていると思うが、私はこの時「カウンセラー」、「カウンセリング」というものを初めて実感として感じた。

まあ、そんなわけで、教育学のなかでも、幅広く、いろいろな勉強をすることができ、そのなかのカウンセリングを今の仕事にしているわけで、初めからカウンセリングを理解して勉強したわけではない。


16.純粋に「好き」なもの、それが人生を面白くする

前にも述べたとおり、アメリカで生活したり勉強したりすることによっていろいろ新しい考えや、違う発想法を持つことができるようになるので、究極には何をやってもいいのだが、やはり、特に英語でやるわけで、また、ほとんどの人が英語に自信がないわけだから、自分が全く知らない分野を英語でするのは難しい、と考えておくべきだと思う。

したがって、知らない分野でも、将来役に立つからやってみるということになると、日本で事前にその分野のことを日本語で勉強しておくのがのぞましい。

幸いにしてアメリカでは、入学前から、スクールカタログと呼ばれる講義要綱を含めた案内書が発行されている。

それを読めば、どういうことを勉強するのか事前にある程度わかるから、日本で予習することは可能だ。

私の息子は、アメリカでミュージックの勉強をしている。日本で音大に行くとすれば、ピアニストか、はたまた、ただのピアノの先生かと割に極端な話になるが、アメリカでは、そんなふうには考えられていない。

リベラルアーツ・カレッジでは、ピアノに触ったことのない人にでもバイエルから教えてくれるということだから、音楽やアートや演劇を勉強するのは、第一に自分の人生を豊かにするため、第二に、愛する人たちを豊かにする、そして、三番目に他人を楽しませる、ということが目的と考えられている。

したがって、音楽をやったら、即、ピアニストというような短絡的な発想はない。

特にリベラルアーツ・カレッジでは、音楽のみならず、コンピュータサイエンスや経済学や宗教学といったものまで、なるべく幅広い勉強ができるようになっている。

長男は、もともとピアノも長く習っていたし、クラシックギターも習っている。プレーヤーとして生きていきたいという気持ちはどこかにあるかもしれないが、その道で食べていくには、才能だけでなく、縁や運といったようなことも必要だ。

必ずしも彼の求める、あるいは得意とする分野の音楽がその時代、その場所で幅広い支持を受けるかどうかわからない。

しかし彼は、アメリカの大学で音楽を勉強することによって、音楽に関してはかなり深い知識を持つことができ、友人・知人が世界中にできたうえ、英語と日本語で自分の意見を言うことができるようになった。

またコンピュータや経済の勉強をすれば、世界の音楽産業のなかでいろいろな生き方を探すことができる。

彼のように自分の好きなことで生きていくことができたら、本当にラッキーなことで、人生はなかなか面白ことになると思う。

芸術分野やスポーツ分野をやってみたい、スポーツに心引かれるという人は多いものだが、日本の教育のなかでは、そういったものは小さい時からやっている必要があって、ただ好きなだけでは進むことができず、また、ただ好きなだけでは生きていけないという考えが強い。

だが実際には、芸術的センスを生かす仕事や、スポーツ産業というものは、大変に大きく、また、すべて世界に通じているので、その分野の英語ができるということは大きな強みなのだ。

日本で目的を持つといっても、実際は理系か文系か、あるいは大学名か、要はサラリーマンになるためか、ちゃんとした目的がないのが現実。

アメリカでは、心理学をやってみたいとか、スポーツに関して勉強するとか、アートを一から学びたいとかいうことが、十分具体的に考えることができ、そのような目的を持っ て留学することにより、実にさまざまな人生が開けてくる可能性がある。

留学の目的には、自分発見や自分に自信を持つことに加えて、やはり国際的センスとか英語力を身につけるというものがある。

しかし、これだけメディアが発達し、そのうち自動翻訳機さえできるであろう現実を考えると、英語といえども、自分にとって得意な分野ということが、大変強力になってくる。

日本語も、自分が知らない分野について話せないように、当然英語もしかりだ。したがって、自分の得意な分野について英語と日本語で自分の意見を言るというのは、大変大切なことである。

アートを通してその分野の技術や知識を養いつつ、英語力も養うということになるが、そういった努力のうえに、そのことで仕事ができれば本当に人生は面白い。

ただ、英語力を養うためとか、就職しやすいように経済学の勉強とかいうより、何か自分にとっておもしろそうなもの、好きなものを考えて、それを目的に留学できればそれにこしたことはない。

その好きなもの、面白そうなものは、本当に純粋に自分がただ「好き」、ただ「面白そう」ですべてかまわない。今までの日本の既成の概念にとらわれることはない。これこそやってみたい、と思うものが、その人にとって武器になり、人生を面白くすることになるのだから。


さぁ、あなたの人生も
面白くしましょう!


栄 陽子
1970年 伊丹空港にて撮影

 

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著者情報:栄 陽子プロフィール

栄 陽子留学研究所所長
留学カウンセラー、国際教育評論家

1971年セントラルミシガン大学大学院の教育学修士課程を修了。帰国後、1972年に日本でアメリカ正規留学専門の留学カウンセリングを立ち上げ、東京、大阪、ボストンにオフィスを開設。これまでに4万人に留学カウンセリングを行い、留学指導では1万人以上の留学を成功させてきた。
近年は、「林先生が驚いた!世界の天才教育 林修のワールドエデュケーション」や「ABEMA 変わる報道番組#アベプラ」などにも出演。

『留学・アメリカ名門大学への道 』『留学・アメリカ大学への道』『留学・アメリカ高校への道』『留学・アメリカ大学院への道』(三修社)、『ハーバード大学はどんな学生を望んでいるのか?(ワニブックスPLUS新書)』、ベストセラー『留学で人生を棒に振る日本人』『子供を“バイリンガル”にしたければ、こう育てなさい!』 (扶桑社)など、網羅的なものから独自の切り口のものまで、留学・国際教育関係の著作は30冊以上。 » 栄陽子の著作物一覧(amazon)
平成5年には、米メリー・ボルドウィン大学理事就任。ティール大学より名誉博士号を授与される。教育分野での功績を称えられ、エンディコット大学栄誉賞、サリバン賞、メダル・オブ・メリット(米工ルマイラ大学)などを受賞。

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