女性の留学 -第4回- 留学カウンセラーとは

このエントリーをはてなブックマークに追加
このページが気に入ったら→ 

留学相談が人生の相談になる理由

この記事は約16分で読めます。(約6300字)

「留学カウンセラー」という職業名は、私が考え出しました。もちろん日本で最初にその職業に就いた人間も私自身です。

研究所の設立と現在に至るまでのドタバタ物語は後章にゆずるとして、ここでもう一度私たちの仕事ぶりをご紹介いたしましょう。

留学カウンセラーというと、若い人にはちょっとカッコいい仕事と思われるようです。海外に関する仕事だし、英語に関係ある仕事で、旅行会社のツアーコンダクターより知的な匂いがするし、といったところでしょうか。

でも実はとても忍耐強くなくてはならないし、いつも山ほど沢山の仕事をかかえて、さらに、こまかい神経をつかわなければならない職業だということは、これまで述べてきた話でおおよそ想像がつくと思います。

「お客様、留学にもいろいろありまして、ではどこの国をご希望ですか?」
「期間は一か月くらい? エッ、あっ三か月ね、ハイハイ」
「それで、ご予算は?」

などというカウンセリングなら、なんだかやっぱり旅行コンサルタントの部類、あえていうなら海外研修パック旅行のコンサルタントというところでしょうか。

今の日本では、こういった短期留学や語学留学といったものが主流になっていて、本来の留学というべき卒業目的のディプロマ留学、学位取得のためのディグリー留学は少数派なのです。

つまり数年にわたって外国の高校や大学、大学院で学んで卒業しようという人はそう多くはないのです。

日本でもどういう高校や大学に行くかが、本人やその家族にとって重大なことであるように、外国の大学に長期間行くとなりますと、やはり人生の中の一大事。

まず、日本の学校に進学しないで外国の学校に進学すること自体に関して悩みがあります。

すなわち行くかどうかということです。

そんな大切な人生相談を受けているのに、カウンセラーが「どの国にします?」「ご予算は?」なんて言っていられるはずはありません。相談する側も相手がそんなカウンセラーならカウンセリングそのものを拒否しなければおかしい。

あなた自身の人生は、留学エージェントや旅行会社の都合で左右されるほど軽いものではないはずだと思います。

留学カウンセラーというのは、留学をおススメするのが仕事ではありません。

私は自分自身の留学経験がどれほど私の人生にとってプラスになっているかを知っていますし、これまで私の研究所から送り出したたくさんの留学生たちを見てきて、やはり留学は彼らの人生にとって良い経験だったと信じています。

しかし、それは必ずしも全ての人にあてはまることでもないし、また、人によって留学するのにいい時期、いい状態というのがあって、それを見極めなければなりません。人それぞれ違うのです。

いま行くことはおすすめできませんから一年後にまた相談にいらっしゃいという場合だってあるのです。その判断がとてもむずかしい。

また、人によっては留学よりもっともっとしなければならないことが沢山あるのです。いくら留学がすばらしい人生経験だからといって、なんでもかんでも留学させてしまえばいいというわけではないのです。

ですからやっぱり教育相談、進路相談、要するに人生相談になってしまいます。

入学許可書を手にしてから行くのが基本

私の研究所から留学した五十六歳の女性、そしてまた同年齢の男性は、共にこんなことを言いました。

「もう家族のための人生は充分にしてきました。退職を機会に、今度は自分のための人生を歩きたい」と。

心に深く残る言葉でした。

本人に行きたいという強い意思があること、相手の受け入れがしっかりしている、すなわち、きちんとした高校や大学、大学院への入学が決まっていること、そして周囲の人が、心配ながらもなんとか応援してあげようと思いはじめていること、この三つがそろったときがその人の留学にとって一番いい時期であって、それは十五歳でも五十六歳でもかまわないのです。

とくに私の研究所の基本的なノウハウとしてきちんとさせておくのは、受け入れ先の学校の入学許可書を手にしてから行くということです。

くれぐれも注意しなければならないのは、外国のことだからよくわからないのはしかたないというわけか、変な条件でもそのまま出かけて行って、行ってみたらじつは正式の入学ではなく、おかしなことになってしまう人が多いということです。

人の人生の大きな岐路に立ち会う喜び

四十歳で、これまではごく普通の会社員兼主婦であった女性が、「一年間の語学留学でもしてみたいけど、それでどんな成果が期待できるのでしょうか」と相談に来たことがありました。

私はこの人を説得して、とうとうアメリカの一流大学の大学院に入学手続きして送り出しました。一年後、彼女はMBA(経営学大学院修士号)を取得、おまけにCPA(公認会計士)の資格も得て、これから人生が大きく変わることになりました。

そういえはごく普通の主婦で、やはり四十歳で留学し、ニューヨーク大学大学院の美術学部を出ていまや立派なアーティストになっている人もいます。

もちろんこの二人には、おのおのに才能と努力があったわけですが、その才能を開花させる何かのきっかけをつくるお手伝いができたということは、カウンセラー冥利につきるというもので、とてもうれしく思っています。

また、高校一年生が登校拒否でもめて、アメリカの高校へ留学することを希望するケースもけっこうあります。

本人とのカウンセリングをくり返して、そのときは留学をあきらめさせ、その子が高校にもどってから二年くらいあとに、「高校を卒業しましたから今度は大学への留学をお手伝いしてください」と、あらわれたりしますと、それはそれはうれしいものです。

さしあたって飢える心配はしなくてよい日本では、食べるために働くということがくずれ、また、それだけでは済まされなくなり、ではどう生きるのか、何を人生の目標にするのかということが強く意識されるようになって、どの人もこうした生き方の問題でずいぶん悩んでいます。

高校の先生方は、今の子どもは総じて楽をしたがっているとよくおっしゃいますが、では楽をしようなどと考えずに苦労してもっと勉強しなさいとお尻をたたいてやれば子どもたちは納得して勉強するのでしょうか。

納得できないまま何かに熱中できるとは、私には思えません。子どもたちは、なぜ人間が生きるのか、なぜ勉強するのかを自分の頭でつきつめて考えることもなく、また、そういう話を家族や、先生や、友人と真剣に話し合うチャンスがあまりに少なすぎるように思います。

留学も、どう生きるか、どういう人生設計にするか、何のために学問するか、ということに当然かかってくるわけです。

ですからカウンセリングでは、そういったお話をしなければなりませんので、私たちカウンセラーも、自分の生き方にポリシーを持っていなければいけませんし、常にいろいろなことを勉強し、考えておかなければなりません。

自分に合った学校の選び方、学費や渡航費や生活費のこと、アメリカでの生活についての基礎知識や知恵、入学願書の書き方などを教えることは、カウンセラーにとって、そう難しいことではありません。

けれども、留学が一人の人間の大きな人生の流れの中の大切な一部であって、これをどういう考え方でやっていけばいいのか、よく考えて計画を練らないとその人の人生のうねりが違ってしまう可能性があると考えますと、このカウンセリングという仕事はとても大切でむずかしいのです。

私のスタッフの一人が、「この仕事のいちばん好きなところは、人の人生の大きな岐路に、一緒にかかわることです」と言ったことがあります。

そのとおりだと思います。重大な、非常に重大な人間としての責任がこの仕事にはのしかかっているのです。私のスタッフたちは、それをまともに受け止めて出来る限りの努力をし、そのこと自体に喜びを感じているのです。

今では世に「留学カウンセラー」を名のる人がたいへん増えていますけれど、いやしくも「留学カウンセラー」を名のるのならば、こういう気概を持って仕事に臨んでいただきたいものです。

さてこのような仕事をしているせいでしょうか、私の顔を見ると「ホッとする」とか「安心する」とか言われることがあります。あるいは「楽しくなる」とか、なかには「涙が出る」とまで言ってくれる人もいます。

アメリカでの生活を経験したことのない親にとって、子どもを留学させるというのは、こちらがどんなにきちんとした情報を提供してことばを尽くして説明しても、やはりどうしても心配で心配でしょうがない。

また、一度会社に入って働いて留学費用を自分で工面したうえで、その会社を辞めていざ留学という場合、それこそ一世一代の賭けになるわけで、人生がそっくりかかっている。

やはり、だれだっていろいろ悩みますし、ときとして理由のない不安に襲われたりするのは、人の常。二、三か月の旅行気分で行く語学留学とは本質的に違うのです。

最近、私は「国際教育評論家」という肩書でも仕事をしていますが、これは私の研究所の情報提供という役割をつきつめたものであって、留学カウンセラーであることに少しも変わりはありません。

エリートビジネスマンの人生をがらりと変えさせたケース

最近のカウンセリングのなかで、強く印象に残っている例をもう一つ紹介しましょう。

三十代なかば、既婚で一児ある東大卒のエリートビジネスマンが、一流企業を辞めてアメリカの大学院に行きたいと相談に来ました。

外国で異文化に接した子どもの成長過程を臨床心理学で研究したいということなのですが、わかりやすくいえば帰国子女の問題を心理学的に勉強してみたいということです。

エリートですから、いざ会社を辞めるとなると摩擦軋轢(あつれき)がすごいようです。同僚は心配するし、上司はあきらめるよう説得にかかるし、友人は日本でこれから医学部を受験したらどうかという提案まで出す始末です。

つまりサイコロジストとしてカウンセラーになるとしても、相談ごとには菓子折ひとつで済ませてしまうというような風潮のある日本ではまずお金にならないので、医者になって精神科医として権威を持ってからカウンセリングにあたったらどうか、というわけです。

彼は悩みました。もともと勉強の嫌いな人ではありません。三十代になっていても受験勉強はできます。いまの日本社会の現状を考えれば、友人の意見ももっともだといわざるをえません。

おまけに彼の両親はちょっとした会社を経営していて、将来はその会社の経営を任せるつもりでアメリカへ行くなんてとんでもないという意見です。ただし医者にでもなって日本にとどまるのならまだ許せるというのです。

「医者」というのは、なにか魅力的な響きがあるのですね。彼の周辺は、どうしてもカウンセラーになりたいのならとにかくまずは医者の道をという意見でまとまって押してくるのです。

彼の気持ちもそういう方向に傾いていきましたが、だからといって留学もあきらめきれない。

さてそこで私は、彼のカウンセラーとしてどのように考え、どのような対応をしたでしょうか。

じつは、断固アメリカ留学をすすめたのです。

前にもいいましたように、留学をすすめるのが留学カウンセラーの仕事ではありません。その人の性格や生き方に留学がどうかかわるのかを見きわめなければなりません。そのうえで留学をすすめたのです。

彼の気持ちが周囲の意見である「医者の道」に傾いたのは、あくまでも医学という学問への純粋な興味に動かされたのであって、けっして周囲が考えているような「医者」というものの社会的な有利性に対する関心からではないのです。

友人の意見の根底にある、権威あるライセンスさえとっておけばなんとかなるという考え方に共鳴したのでもありません。

彼はまさに学者向きであり、しかもアメリカ社会での学者に向いているのです。

彼のような人は、日本の学者の世界でも医者の世界でも少数派になって、とても生きにくくなるにちがいないのです。つまり結局またその世界から出ることになる。

たとえば無医村の医者として地域に尽くす。それはそれで一生懸命に取り組むでしょう。でもそこでは彼の最初の志であった帰国子女の臨床心理学的研究なんでできはしませんし、日本のその独特な世界で生きていくことに苦痛を感じるでしょう。

それならアメリカではどうでしょうか。もちろんアメリカにも権威やお金や地位に執着している人たちがいっぱいいて、そういう世界があります。

でも、そうではなくて、自分の興味や関心に没頭して生きている人たちもまたじつにたくさんいて、お互いに相手の存在を認め合い、てんでに好きなことを言い合って生きているのです。

少数派であろうがなかろうが、まったく考え方の違う同士がその存在を認め合っているということは、生きることが精神的にとても楽になるのです。

自分はこうだと割り切りさえすれば、それなりの世界がちゃんとある。彼はそういうところに向いているのです。

「医者」なんていう肩書をもらわなくても、彼なら立派に学者としてやっていける素質がある。でも日本では充分に能力が発揮できない人なのです。

なんで私にそんなことがわかるのか、うまく表現できませんが、これはカウンセリングを通しての洞察なのです。考え方や性格、経歴、彼の持つ全体的な雰囲気、印象、顔や体格を含めた彼のすべてが洞察の材料になるのです。

そこにプロのカウンセラーとしての力量のすべてがかかっているのです。私はその点では絶対の自信を持っています。もしカウンセラーがあやふやなことを言っているようでは、もはやカウンセラーではないのですから。

彼とはずいぶん長い時間をかけて、何度も何度も話し合いました。 そして私は言いました「行きなさい!」と。

行きました。行ったも行った、なんと、ついに夫婦で留学したのです。

周囲の協力が得られることが理想ですけれと、ひょっとすると、まわりの人たちは笑顔で送り出しながら心の中ではいまだに反対し続けているかもしれません。

でも十年待ってほしい。彼の器が花開く時が来ます。

もっとも彼自身の関心はあくまでも学問であるわけですから、べつに花開こうが開くまいがおかまいなしに淡々と学問を続けていると思いますけれども、まわりのみんなは、ああやっぱり彼はアメリカに行く人だったのだと納得するはずです。

私はカウンセラーとしてつくづく思うのです。

彼のようにしっかりした人間にとっても、悩み、迷っているときには、私の「行きなさい!」と断言した際の顔や声は、不安をかき消す力になったにちがいなく、たぶんとても大切な一瞬であったと思うのです。

ましてや、不安だらけの普通の人にとって、私が「心配をかき消してくれる」「安心を与えてくれる」存在だと聞けば、ものすごくうれしく、ますます私はこの仕事に気合を入れねばと痛感します。

私はいつも堂々と自信に満ちた顔で、あなたはこういうふうに考えたほうがいいとか、こうしたらいいとか断言します。ただし、その心の中ではいつも「あなただけじゃないのよ、私もほかの人もみんな種類は違うけど悩みながら生きてるんだから」と語りかけているのです。

関連記事

» 栄陽子の留学コラムトップへもどる


栄 陽子の留学講演会(無料) 留学研究所について詳しく!

栄陽子プロフィール

栄 陽子留学研究所所長
留学カウンセラー、国際教育評論家

1971年セントラルミシガン大学大学院教育学修士課程を修了。帰国後、日本で留学カウンセリングを立ち上げ、留学指導を行い、これまでに7000人以上の留学を成功させる。留学関係の著作も多数。 » 栄 陽子留学研究所について