女性の留学 -第2回- 留学オフィス24時

「栄 陽子留学研究所」の二十四時間

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庭の植え込みにさわやかな午前の光があふれ、オフィスの窓辺を白く明るませています。

スタッフの女性のたたき出すタイプの音が、静かな室内の広さの中に吸いこまれていきます。

電話が入ります。

「短大に通っている娘がアメリカに留学したいと言っておりまして、先生の書かれたガイドブックで研究しているのですが、カウンセリングしてくださるとのことで、詳しいお話をうかがいたいと思いまして……」

こうした電話がまた一つ新しい出会いとなって、一人の女性の人生の岐路に立ち会い、彼女の手にアメリカの大学の入学許可書を持たせて旅立たせ、卒業証書を手に帰国する日を待つことになるのです。

このオフィスからアメリカに送り出した留学生の九〇%が卒業します。アメリカの大学の卒業率は五〇%以下ですし、二週間から長くても六か月程度の語学研修旅行とはわけが違いますから、この九〇%という数字は驚異的であると自負しています。

卒業生はすでに七〇〇〇人を超えました。

これが私のオフィス、「栄 陽子留学研究所」なのです。

オフィスの場所は東京赤坂のアークヒルズ。お隣は全日空ホテル、裏手にアメリカ大使館やホテルオークラ、歩いて約十分の範囲内には、六本木のにぎわい、赤坂の繁華街、また永田町や霞ヶ関の国の中枢があり、場所柄としては留学の基地にふさわしく、日本の最先端を行きたい私の性格にも合った環境にあるといえます。

いったいこの留学研究所が何をするところなのか、その仕事内容を説明するには、なかなか骨が折れます。

仕事は主に三つあります。

一つは情報の提供、もう一つは留学カウンセリング、あとの一つは留学手続きと留学してからのフォロー。この三つです。

留学情報

まず、情報の提供というのは、留学ガイドなどの本を書いたり、雑誌に留学関連の記事をのせたり、新聞、テレビ、雑誌のインタビューに答えたり、情報収集のお手伝いをしたりといったことです。

留学に関心のある人たちのために講演会を開き、留学についての基本的な考え方や留学事情などを伝えることもあります。さらに、留学エージェントやアメリカの大学の日本分校が信用できるものなのかどうか、情報誌などから依頼されて調査することもあります。

なげかわしいことに、悪質な留学エージェントがあって、ほとんど詐欺同然の手口で高い旅費や留学費をとって、きわめて粗悪な留学環境しか用意せず、留学生の人生をめちゃめちゃにしてしまうといったケースもないわけではありません。

また、アメリカの大学の日本分校というものも、アメリカの本校がきちんと大学として認定されているかどうか、教育体制はととのっているのか、分校修了後の対応はどうかなど、確認しておかなければいけないことがかなりあります。

ただ日本で通えるというだけで安心はできないわけですし、むしろアメリカの大学がなぜわざわざ日本分校を設立するのか、つまり、ほんとうに日本に人材を求めてのことなのかどうかをよく見きわめなければいけません。

信頼される情報を提供するには、いろいろな角度からの確かな情報をより多く収集することが前提になります。 私のところには、全米の大学二八〇〇校各校の発行する学校案内書をマイクロフィルムで揃えています。アメリカの高校、大学に関するあらゆるデータも備えています。

ボストンの栄陽子留学研究所オフィスとヴァージニアの教育関係機関から、教育界のあらゆるニュースがファックスで送られてきます。何よりも役立つのは、当研究所から留学している人たちからの生情報です。

留学生たちの年齢は十五歳くらいから五十代なかばまで。彼らは、アメリカの田舎の小きな大学からハーバード大学の大学院まで、アメリカ中の実にさまざまなところにちらばっていて、みんな手紙をくれたり、夏休みや冬休みに日本に帰って来てこのオフィスに立ち寄ってくれたり、卒業後に顔を見せてくれたりします。

また、こちらのスタッフが交代で学校を見に行きますから、いろいろな生の情報が得られるわけです。 留学希望者一人一人にふさわしいアドバイスをする 多くの人々に情報を提供するとともに、個人個人を対象として留学カウンセリングをしなければなりません。

留学カウンセリング

留学については、人それぞれいろいろな悩みやわからないことがたくさんあります。

留学をしたほうがいいか、やめておいたほうがいいか。留学したいが親に反対されていて、どうしたらいいか。

自分で留学の手続きをして、らちがあかなくなってしまったが、なんとかならないか。

入学は決まったが、その学校でいいかどうか。

果ては、留学はしたもののうまくいかなくなってしまって、どうしたらいいか教えてほしいというケースもあります。

このような悩みをちょっと突き詰めて考えてみると、その人が留学というものをどうとらえているのか、何のために勉強したいのか、人間の生き方をどう考えているのか、といったところまで踏みこむことになります。

自分で留学手続きを進めているので見てほしいという人も、その人に全然そぐわない学校選びをしているケースが多いもので、留学について、自分の生き方について、根本的な考えが違っているといわざるをえません。

こうした一人一人に対してふさわしいアドバイスをしてあげる作業が留学カウンセリングなのです。つまり留学カウンセリングといっても、だいたい人生相談に近いものになってくるわけです。

卒業、学位取得を目的として留学手続きをする 留学カウンセリングを二、三回受けて、本人とその周囲の人たちが「よし、こういう形の留学としよう」と決めれば、あとはその具体化に着手してもらうことになるわけですが、カウンセリングに引き続き私の研究所で留学手続きすることを希望する人については、さっそくその作業に入ることになります。

当研究所の留学手続きは、その人にふさわしい高校や大学、大学院に、なにがなんでも入学させるのです。これには、たいへんな手間がかかり、だいたい半年から一年がかりの仕事になります。

ところで、ひと言で「留学」といってもいろいろあって、日本人の団体が短期間アメリカの語学学校で受講してくるだけの、むしろ「英語研修パック旅行」とでも呼ぶべきものも留学と称していますし、大学や大学院に入学して学位を得ることを目的にしてアメリカに渡るのももちろん留学であるわけです。

文部省では三か月以上を留学と称していますが、三か月で区切って留学と留学ではないものの性質上の明確な区別がつくかというと、そこには何の根拠もないわけです。

高校生の交換留学は、やはり留学であるわけですが、最終的にアメリカの高校の卒業証書を得るような留学とは違います。

大学付属の英語学校で英語を学んでくるのと、同じ大学の大学院で学位を得てくるのとが、同じ留学だとは考えにくい。そのどちらが本人の生き方にふさわしく、人生の収穫になるかという問題は別として、留学の中身は全然違うわけです。

私は、高校卒業目的のものはディプロマ(Diploma)留学、大学、大学院の学位取得が目的のものはディグリー(Degree)留学と名づけています。他の「留学」とあえて区別するためなのですが、ふだん私の研究所で留学といえば、このディプロマ留学、ディグリー留学をさすことになります。

つまり高校を卒業すること、または大学、大学院の学位を得ることを目的とした留学です。当研究所が留学手続きの作業をするのも、原則としてこのような留学をする人たちです。

志望校選びと願書作成

留学手続きの作業は、たとえば大学への留学の場合、まず大学選びから着手します。

どの大学に出願するかを決めるまでに、たくさんの学校案内のカタログを貸し出して、いっしょに考えながら第一志望、第二志望としぼってゆきます。

アメリカの大学にも日大タイプ、慶応タイプ、白百合タイプ、学習院タイプ、国立タイプ、お茶の水タイプ、そして普通の短大タイプ、職業訓練所タイプなどいろいろあります。

アメリカ人の教育観を考えながら、その人の生い立ちや考え方、家族構成などのさまざまな要素も考慮して、その人に合ったタイプの学校を選ばなければいけません。

学費が安ければいいとか、入学できさえすればどこでもいいというものではありません。日本の大学へ進学する場合のことを考えれば、これはあまりに当然のことなのに、ことアメリカの大学への留学となると、とたんにその常識を捨ててしまう人が多く見受けられるのは、まことに不思議なことです。

志望の大学が決まったら、入学願書をつくります。願書とあわせて提出するエッセーもいっしょにつくります。

その人の書いてきた英語をこちらで手直しすることは簡単ですが、人が手を入れたということは相手もすぐにわかります。中身がその人の年齢、実力に添ったものでなければなりません。

このように志望者に研究所へ通ってきてもらい一緒に留学手続きを進めることは、アメリカへ行く心の準備を着々と進めることでもあります。こちらでさっさと手続きを済ませ、どうぞといっても、心の準備ができていなければ、そううまくはいきません。

だれしも少しずつ心の準備をしていくことが、とても大切なのです。

こうした書類づくりは、多い人だと一人で九校一〇校なんていう場合もあって、まあ一人三校ずつとしても、一年に送り出す留学生は三〇〇人以上ですから、約一〇〇〇通近い願書が当方から全米に向けて発送されることになります。

大学の合否を左右する交渉

願書を発送したあと、そのまま何もせずに先方からの連絡を待っているわけではありません。ここがたいへん重要なところなのです。願書提出先の大学と電話やメールで連絡をとり、大学側と当方で話し合いが行われるのです。

というのは、アメリカの大学の入学許可を得るには、ネゴシエーション(交渉)が大きく絡んでくるのです。

アメリカの大学では、志望者を集めて一斉に入学試験を実施するわけではなく、基本的には書類審査で合否が決められます。私立大学の多くは志望者に対して面接を希望しますし、また志望者側も面接を希望します。両者ともお互いのニーズが合っているかどうかを話し合いたいわけです。

日本のように紙の上でそこに出ている点数によって機械的に合格不合格を振り分けるのではありません。書類審査ですから、基本的には最終学校の成績が重要になります。

この点をまったく誤解している人が非常に多く、英語の能力をはかるTOEFL®という共通テストの成績が合否を左右するかのようにいわれ、またそのように信じられているのは、とんでもない誤りなのです。

一部の留学エージェントや留学について特集を組む雑誌の記事までもが、そのような誤りを平然と犯し、留学志望者もそれを信じて疑わないという状況が日本にはあります。

これは受験教育での「偏差値」という考え方をそのまま留学にあてはめてしまうという許しがたい誤りであるわけですが、このTOEFL®については、あとで詳しく述べることにしましょう。

ハーバード、スタンフォードなど、いい大学ほど最終学校の成績がオール5に近いものを要求します。

その成績に加え、この人はどういう経験をしてきで、何を考えていて、どういう目的を持っているのかということを大学側は合否の判断の材料にするのです。具体的には、成績、エッセー、推薦状、面接などを通して総合的に判断し、合否が決められるのです。

ですから、栄陽子の推薦状がたいへんな効力を発揮する場合もあります。私が初めて交渉する大学や大学院でも、丁寧に小まめに電話をかけて話し合いを重ねることができるのです。

まったく初めての人からの電話でも学部長を呼び出せばきちんと話し合ってくれるのがアメリカの良さであり、その良さを引き出すノウハウを積み重ねていることが、私の研究所の誇りなのです。

相手も人間ですから、やはり長年つちかつてきた攻め方の勘といったようなものが大きく左右することは当然あるのです。

入学が易しく卒業が難しい理由

よくアメリカの大学は入学が易しいといわれるのは、合否について、このような交渉の可能性があるからです。

交渉に左右されるなんてずるい、と思うのは浅はかというもの。逆に、一回こっきりの入学試験でその人の人生が左右されるのではなく、いつもチャンスは与えられているのだと考えればこれは非常に合理的であるわけです。

でもよくよく考えてみてください。

最終学校の成績が選考の基礎になるということは、いつもチャンスが与えられていると同時に、いつも選考されているということになります。入学が易しいだなんて、とんでもありません。

また、入学が易しいといわれる理由にはこんな例外もあります。それは、ともかくその地域に住んでいる十八歳以上の人ならだれでも無条件で入学させるコミュニティカレッジという存在です。

コミュニティカレッジは、その地域の税金でまかなわれる公立の二年制大学ですが、日本の短大などとは少しニュアンスが違い、もともと貧困や学力不足で、もう一度勉強をやり直したいという者にチャンスを与える場所です。

つまり、地域の人たちの職業訓練や生涯教育をすることが目的になっているのです。日本でいえば、職業訓練所とカルチャーセンターと短大をミックスしたような性格の学校だということになります。

州立大学では、州内在住の人なら全員入れてあげるけど、州外の人は成績がかなり良くないとダメ、さらに学費も割高になる、という方式の学校も沢山あります。それは大学が州の税金で成り立っており、その税金を納めている州の人達のためにやっているのだから、という理由です。

日本のように受験して良い点数を取ればどこでも誰でも入学できるわけではないのです。

留学中のトラブル

入学とは逆に、卒業がむずかしいといわれるのは事実です。

テストやレポートなどを考慮してつけられた成績が、九月から十二月の秋学期と一月から五月の春学期の二学期間続けて平均七〇点を下まわると、実に簡単に退学を言いわたされることになります。

これも、きちんとチャンスを与えているのに、頑張らなかったのだから当然の処置と考えるわけです。二学期間の成績が悪くて退学させられるということは、日本の大学でのような、卒業できるできないの次元の問題ではなく、在学することがそもそも難しいのです。

当然、卒業は難しい。日本の大学生のように、遊んでしまった分を後でとり返してなんとか卒業にこぎつけるなんて芸当はできません。

そこで、この研究所の仕事として、入学許可を得させてただ送り出すだけでなく、留学中のフォローの作業が発生するのです。

当研究所を通して企業派遣の留学をしたり、大学院へ行く場合には、その人の年齢が高いので、あまりフォローを必要とはしませんし、親がアメリカにいる場合も同様です。

でも高校を卒業してすぐに留学した人や社会経験の浅い人、年齢の低い人は、どうしても留学中のフォローが必要になってきます。

事故、ノイローゼ、病気、ホームシックなどもありますし、学校との連絡事項も、たとえば成績、寄付、父母会、催し案内、外泊許可などがあります。そして送金の連絡など、数えたらきりがないくらい仕事はあります。

アメリカに電話ひとつするにも、時差があるためスタッフにとっては深夜作業となります。

この私の仕事場は、いたって静寂で、ゆったりとした雰囲気のオフィスなのですが、仕事の内容からいえば、まさしく修羅場で八面六臂(はちめんろっぴ)の働きをしているようなものだと、ふと、我ながら感心することもあります。

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著者情報:栄 陽子プロフィール

栄 陽子留学研究所所長
留学カウンセラー、国際教育評論家

1971年セントラルミシガン大学大学院の教育学修士課程を修了。帰国後、1972年に日本でアメリカ正規留学専門の留学カウンセリングを立ち上げ、東京、大阪、ボストンにオフィスを開設。これまでに4万人に留学カウンセリングを行い、留学指導では1万人以上の留学を成功させてきた。
近年は、「林先生が驚いた!世界の天才教育 林修のワールドエデュケーション」や「ABEMA 変わる報道番組#アベプラ」などにも出演。

『留学・アメリカ名門大学への道 』『留学・アメリカ大学への道』『留学・アメリカ高校への道』『留学・アメリカ大学院への道』(三修社)、『ハーバード大学はどんな学生を望んでいるのか?(ワニブックスPLUS新書)』、ベストセラー『留学で人生を棒に振る日本人』『子供を“バイリンガル”にしたければ、こう育てなさい!』 (扶桑社)など、網羅的なものから独自の切り口のものまで、留学・国際教育関係の著作は30冊以上。 » 栄陽子の著作物一覧(amazon)
平成5年には、米メリー・ボルドウィン大学理事就任。ティール大学より名誉博士号を授与される。教育分野での功績を称えられ、エンディコット大学栄誉賞、サリバン賞、メダル・オブ・メリット(米工ルマイラ大学)などを受賞。

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