当初は、アメリカの大学への編入を考えていた。理由は非常に単純なもので、日本の教育制度で育った私は、「大学院なんて高貴なところは研究者になりたい人達の集まる場所で、全く手の届かない別世界だ」と信じて疑わなかったからである。
留学決行前年の6月下旬、当時アメリカにいた友人を訪ねついでに、マサチューセッツ州ボストンにある2つの大学のComputer Science学部を見学に行った。アメリカの教育システムをよく理解していなかったせいか、誰と話してもピンとくるものがなく、パンフレット片手に帰国。留学に対するあまりの知識のなさに、栄陽子留学研究所の門を叩くこととなった。
8月上旬カウンセリング初日、「あーた、アメリカでその歳と職歴だったら、大学院よ、院!!」と目の醒めるようなアドバイスを栄先生から頂いた。ある意味、これが私にとって初めてのU.S.カルチャーショックだったのかも知れない。このアドバイスが、私に大学院進学を決意させたといっても過言ではなく、更に渡米まで研究所でお世話になることに決めた。然しながら、この時点でもまだアメリカの大学院のイメージはつかめていない。(誤解のないよう付け加えさせて頂きますが、先生のカウンセリングがこのひと言で終わったわけではありません。)
以上が、私がアメリカ大学院留学を決めた経緯である。留学の動機・実現方法は人それぞれとよく聞くが、大学院留学に限って述べた場合、私のケースは他の院留学経験者とはちょっと違っている気もする。少なくとも私の知っている経験者は、動機はもちろん、実現に至るまでの道筋に確固たるイメージを持って進めていた。私の場合は、豊富な経験をもつ研究所の方々が、私の持っていた動機と希望の実現ルートを提供し、導いて下さったパターンだと思う。
1999年6月末に約4年勤務した会社を退職、9月よりボストン郊外にあるBentley Collegeビジネススクールにて、Computer Information Systems(CIS)を専攻する第二の学生生活をスタートさせた。留学準備と実際の留学生活については、ここでは割愛させて頂きたい。ただ、ひとつだけ皆様にお伝えしたいことは、喜怒哀楽+辛・苦の全てを体験できることは間違いないということである。
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