アメリカ留学と仕事:栄陽子留学研究所

アメリカ留学は、僕にとって最高の「投資」

坪松 裕樹

 

転機となった日

2001年9月11日。「南部のハーバード」と呼ばれるTulane University(ルイジアナ州ニューオーリンズ)経営学部4年生でアメリカでの就職を希望していた僕は、大企業数十社が参加予定のジョブフェア(ニューヨーク)がせまり、履歴書やスーツなどの準備に勤しんでいた。そんな矢先、アメリカを同時多発テロが襲う。もともと「今年の新卒採用率は史上最悪になるだろう」との見通しが出ていたので楽観はしていなかったが、テロが各企業のリクルート活動悪化に拍車をかけることは必至だった。テロ2日後の13日に予定されていたニューヨークでのジョブフェアは当然キャンセルされ、僕は真剣にアメリカでの就職以外のオプションについて考えるようになった。


貴重な情報

高校、大学合わせて7年間アメリカで勉強してきた僕にとって、アメリカで就職したいと考えることはごく普通の成り行きで、将来の目標であるMBA(経営修士号)の資金稼ぎやキャリア取得のためにも大企業で就職することが目標だった。しかし、ここ3年ほどアメリカで続いた「新卒採用率悪化」傾向やテロの影響で目標達成が難しくなってきた。成績は首席レベル、大手証券会社でのインターン、人柄もおおらかでビジネス感覚も抜群、という文句のつけどころがない友人が「どこからも採用してもらえそうにないんだ」と肩を落とすのを見た。僕はどうか。成績は飛びぬけてよくもなく、プロフェッショナルなインターンの経験もない。人柄もビジネス感覚も当時は自信がなかった。しかも就労ビザが必要な僕を、いったい誰が雇ってくれよう?「このままではマズイ」という不安に駆られ、十分に眠れぬ夜が続いた。そんな中、同じ学部の親友から貴重な情報を仕入れた。「10月にボストンで日本人留学生を対象にした日本企業のキャリアフォーラムがある。」

ありのままの自分を出そう

ボストンでのキャリアフォーラムは「一流企業への一番の近道」と言われるほどのビッグチャンスで、「3人に1人はその場で内定が出る」というデータが残っていた。僕はこの時ハッキリ感づいた。当日、会場には何千もの日本人留学生が内定を勝ち取りに来るだろうし、テロで約20社が参加をとりやめにしたため競争率はかなり高くなる。確率「3分の1」よりももっと低くなるだろう。そんな中で内定を勝ち取るためには「自分をしっかりアピールし、売り込む」しかない、と思った。就職活動では、「おじぎの仕方、礼儀作法、敬語の使い方、マナー」が大切だ、という話を聞いた。 しかし、僕はあえて逆の作戦で行くことにした。僕は高校1年からアメリカで学んだため、日本では「中卒」なので礼儀作法などはしっかり身についていない。今から下手に礼儀を身につけ変にマナーが良かったりすると、「自分」が消され逆効果だと感じた。そして、周りの日本人留学生で礼儀がしっかりして「控えめ」を美徳としている人が多い中、僕のように7年間「自己主張が大切」という教育を受けている人間はインパクトが強いはずである。このキャリアフォーラムでの作戦は決まった。「ありのままの自分を出す」に限る。


いよいよ当日

僕には作戦や目標はあったが、内定を勝ち取れるだけの自信はそれほどなかったし、なにせ「中卒」なだけに日本の企業名にもピンと来ない。しかし「失うものはどうせ何もないし、ゲームの感覚でやろう」と楽観的だったし、何よりも「他の日本人留学生とオレは今日まで積み重ねてきたものと人柄が全然違う。同じなのは着ているスーツとネクタイの色と形ぐらいだ」と気を吐けるぐらいの自信はあった。そして、「雇っていただければ、御社のお力に絶対になれます」という姿勢を積極的にアピールすることだった。これは就職活動をする上では当然、と言っていいほどの心構えで、これに失敗すれば企業は振り向いてもくれない。これらのことを頭の中で整理し、いよいよ暖かい南部のニューオーリンズから、緯度は札幌と同じボストンへ。

作戦の結果は・・・・?

酷寒の朝、到着したフォーラム会場は、その名も「World Trade Center Boston」。名前からしてテロが来ないか?という不安をよそに、セキュリティーチェックを受けて、いよいよフォーラム開始!さっそく外資のワイン製造・販売会社との面接アポをとり、休む間もなく各企業のブースを回る。その中にはある大手広告代理店にも立ち寄ったが、そこでは事前にインターネット上で5分間のショート面接のためのアポを予約しなければならなかった。しかし、昔から興味のあったメディア関係の仕事をそう簡単にあきらめるはずがなく、「そこをなんとか」を100回ほど繰り返し、なんとか5分面接にこぎつける。しかし、今度は「申込書を書いてくれ」と言われる。そこにある「志望動機を簡潔に書け」という欄には僕自身の夢をたっぷりと、ありのままの自分を表現しながら書いた。そしたら、「これだけ書いてくれたら、面接しないわけにはいかないな。オンライン予約をしないで面接するのは、君が初めてだよ」と、就職活動仲間からは「奇跡」という面接を勝ち取った。ただ、僕はあまりに日本企業のことを知らないため、まったくピンと来なかった。これ以外にも思ったより 感触はよく、「面接後のディナーに誘われたら、その場での内定の確率は95%以上」という情報も手に入れた。そして、ワイン会社と大手証券会社からディナーの誘いを受け、ボストンのシーフードを存分に楽しむことができた。どうやら面接での自己アピールはうまくいき、「ありのままの自分を出す」作戦は大成功だったようだ。翌日、めでたくワイン会社から内定をいただくことができた。

企業が応募者に求めるもの

このフォーラム中、僕は企業が応募者を評価するときに昔ほど学歴や成績などを重視しなくなったことを実感し、応募者の人柄、個性、性格といった部分が評価に一番影響しているのが分かった。ワイン会社は僕の履歴書に簡単に目を通しただけで、あとは面接での振る舞い方や内容などを重視していた。そして、後に知ったことだが、最も重要だった評価のポイントがなんと「ディナー」だったそうだ。一見楽しく見えるディナーも一番自然に「自分」が出る場所で、人事部の人々にとっても僕たち応募者を平等に評価する上で重要な時間だったようだ。人柄や性格が素晴らしい人が採用される時代を反映したやり方で、実際ディナーを共にした仲間も初めて会ったとは思えないほど楽しく親しみのある人たちばかりだった。このワイン会社だけでなく、僕が面接をした企業のほとんどが「人柄」重視だった。

意外な展開

フォーラムから帰ってきて、僕は無理をいって面接していただいた広告代理店からのメールを読み、東京での最終面接へ通ったことを知る。しかし、広告の仕事に興味はあったが、ワイン会社の方々と非常に仲良くなっていたため、迷っていた。なにせ、仲良くなった友人もいて、「これは就職するならワイン会社かな?」とさえも考えた。そして、「(広告代理店は)お断りしようと思います」と両親にメールをうったところ、日本時間午前3時にも関わらず両親が電話をかけてくれた。両親によれば、その代理店はかなりの大企業らしく、就職人気ランキングの上位にはいるほどの規模だということを初めて知った。僕の日本企業の知識があまりに乏しく、本当に何も全くわかってなかったのだ。両親は、この会社では「他で5年かかって勉強しなければならないところを、1年で勉強できるぐらいのキャリアを積める」と説明してくれた。ここで、だんだん僕の日本での就職が現実味を帯びてきた。冬休み、日本に帰って東京での最終面接。高層ビルを独占するほどの規模で、その雰囲気に圧倒される。そして、面接でも緊張してしまい、自分を出すことができなかった。ボストンでは「 無知」がいい方向に向かったが、東京では「ここは大企業なんだ」という知識が自分を萎縮させてしまった。だから、結果は全く期待しておらず、家族と友人からも「残念だけど、どんどん色んな企業と面接してけばいい」と励まされた。

なんてラッキーなのだろう

僕は面接で力を出すことができなかったため少し落ち込んでいた。気晴らしのために大阪へ遊びに行き、友人の家で飲みながらリラックスしていた。その時、僕の携帯に実家から電話がかかる。「(広告代理店が)4月からよろしくだって。」という父の声。一瞬、何を意味しているのか理解できなかったので、「え、もしかして、受かったの?」と聞き返したら、「うん、そうみたい。」まだよくわからなかったので色んな人にこの会話の様子を話すと、「おめでとう」と連発された。その時にようやく「内定したんだ。」と実感が湧いてきた。しかし、手放しで喜ぶというより、「なんて自分は運がいいのだろう。」としか思えなかった。なにせ、合格率は何百倍とも何千倍ともいわれる。内定は決まったけれども、勝負はこれからだということを考えると、大いに喜んでもいられなかった。理由は、この企業で様々なことを身に付け、勉強し、MBAに行くために必死で結果を残すことが僕の目標であり、ここで骨をうずめる気持ちが全くないからだろう。

アメリカ留学は、僕にとって最高の「投資」

正直にいえば、僕がもし日本の大学に言っていたら、この企業には絶対に入れなかったと思う。長引く不況下で就職が厳しいということもあるが、それ以上にアメリカでの7年間の生活で身に付けた国際感覚やコミュニケーション能力(英語をしゃべれるということだけでなく、「誰にでも気兼ねなく声をかけることができる」勇気)を日本で身につけることは難しい。これらの能力は、今日本企業がビジネスのグローバル化を狙うにあたって必要な「戦力」としてとらえていると思う。僕の就職活動には幸運が重なったが、この能力をアピールできたことも大きな理由だと考えている。日本では、アメリカや海外の留学を希望している学生が増えている。しかし、実現させる人は決して多くない。理由は、「時間のブランク」が就職活動に影響するからだ、という。留学を実際に体験した僕は全く逆の意見を持つ。確かにアメリカの大学は9月入学なので、時間のロスは少々あり、それ以上に大学へもう2、3年行くことが「時間の無駄」なのかもしれない。しかし、僕はその2、3年に学べることは果てしなく多いため、この時間を自分の人生を大きくするための「投資」だと考えるべきだ と思う。僕は中学を卒業してすぐにアメリカへ渡り、7年もの時間を投資した。両親は僕に大きな精神的サポートと膨大な授業料を投資してくれた。リターンの質、量は、僕が期待していたものの何万倍、それ以上に良かった。これから留学を考えているが決断を踏み切れない人は、アメリカへ行くことによって失われるもの(時間そのもの、家族や友人と過ごす時間、お金、日本でのおいしい食事、など)を「投資」というふうに考えて、もう一度正直な自分に本当に留学したいかを聞いてみてください。留学というフィールドだけでなく、みなさんが最高の「投資」をし、ハッピーな「リターン」を勝ち取れることを祈ります。

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