|
私は、留学を、目的ではなく手段だととらえていました。日本の大学院で哲学を学びながら、趣味として折り紙をしていたのですが、自分の中で折り紙の比重がだんだん大きくなってきて、修士号を取得したのを期に、折り紙の道に進むことを決心しました。しかし、折り紙は職業としてはまったく確立されていないので、まずは美術について学び、それを折り紙に応用しようと思ったのです。そこで、美術と社会のかかわりについて勉強ができるところを日本で探してみましたが、見つからなかったので、アメリカに行くことにしました。
|
|
留学をして、インターンやプラクティカル・トレーニングの受け入れ先を探しているうちに、アメリカでは就職も手段だととらえている人が多いということに気がつきました。その人なりの人生の目的(career goal)があって、それを実現するための手段として就職するのです。会社に自分の能力を提供する代わりに、仕事を通じて、経験や人脈など、自分を高めるために必要なものを手に入れようとします。
|
|
アメリカの美術館では、美術館単位で求人をするということはありません。ポジションに空きができたときに、その都度募集があります。就職する人たちは、会社に入るという意識ではなく、特定のポジションに就くという意識を持っています。どこに行くかということよりも、何をするかということの方が、ずっと重要だからです。「就社」ではなく、まさに「就職」です。
|
|
あるポジションに応募するために履歴書を書くときでも、一番最初に書くことは、自分の目的が何であって、そのポジションについて仕事をすることがその目的にどのように役立つのか、ということです。私自身についていえば、美術館学や美術史を学んだり、美術館やギャラリーを回ったりしているうちに、「自分で折り紙のギャラリーを持つ」というキャリアゴールを設定しました。履歴書には「折り紙界のスティーグリッツになること」と書いていました。
|
|
スティーグリッツとは、20世紀初頭のニューヨークで活躍した人物です。写真家として、また写真雑誌の編集者として、写真の芸術的可能性を追求し、「写真分離派(Photo-Secession)」の中心的存在となりました。近代写真の父、ともいわれます。同時に、ギャラリーを経営し、ヨーロッパの前衛芸術をいちはやくアメリカに紹介しました。彼の周辺に集まったオキーフなどの画家が、アメリカの近代絵画を引っぱったのです。
|
|
アメリカに留学して、自分でギャラリーを持つという目標は決まりましたが、美術館学の修士号を取ったからといって、すぐにそれが実現できるわけはありません。経験は不足していますし、資金もありません。そこで、美術館か画廊に就職しようと思いました。はじめはアメリカで仕事を探してみましたが、芸術関係の仕事は競争率が高く、また新卒よりも経験者が優遇されるため、あきらめて日本に帰りました。
|
|
幸運なことに、日本で職を探し始めてすぐに、インターネットで中途採用者を募集している画廊を見つけ、応募しました。面接では、自分の目的は将来独立することであるということをはっきり説明し、最低5年間はしっかり働くという条件で就職が決まりました。
|
|
私は、正社員として働いた経験がありませんでした。それでも中途採用の枠で就職できたのは、やはり留学していたせいだと思います。もちろん、英語ができるということも評価されたのでしょうが、インターンの経験があるということも大きかったと思います。
|
|
私が留学していた美術館学のコースでは、2つ以上の美術館でのインターンが必修になっています。クラスの勉強をしながらインターンで働くのは、とても大変ですが、その分得るものも大きいと思います。また、インターン先を自分で探さなければならないので、私にとっては就職活動の予行練習にもなりました。
|
|
日本で哲学を学んでいたときの私は、就職をしようという気は全くありませんでした。それが、今では、毎日スーツを着て通勤しています。人生の目的が変わったからです。目的が変われば、当然、そのために必要な手段も変わります。哲学から折り紙へ目的を変えるときには、ずいぶん悩みました。ですが、一度目的が決まって、そのための手段がある程度はっきりすれば、もう悩むことはありません。今まで避けていたことでも、必要とあれば、やるしかないと思うようになります。そして、やるしかないと思えば、きっとできると思います。
|