|
大学四年生になって進路に迷う者は、それなりにいるのです。そもそも自分が今、何のために法学部にいるのか、経済学部にいるのかわからないといった悩みを持っていることは不思議でも何でもありません。
さかのぼって考えてみれば高校一・二年生の時に、物理や化学や数学でちょっと難しくなって、よくわからないなと思った人が、「ハイ、あなたは文系」ということで分けられてきたわけです。その時わかった人が理系であるかどうかもとてもあやしいし、文系になった人が理系はもうだめというのも、とても割り切れない話です。
次に、大学受験の時になって、法学部一本やりなんて人は珍しく、早稲田なら早稲田の法学部も政治経済学部も商学部も全部受けるわけで、おまけに受験間際になると偏差値をにらみながら、一番偏差値の低くてよいどれかの学部を受けるということさえ当り前なのです。
ともかく、早稲田に入りたいとか青学に入りたいということが一番重要で、何学部に入るかなんて受験直前になったらすべて飛んで行ってしまうのです。
そんなわけですから、本当に自分が何をしたいのか、何に向いているのかわかるわけもなく、入学後勉強もしないので経済と経営とはどう違うのか明確にわからないといった者まで出る始末です。
高校で、「遊びたかったら大学に行ってから遊べ!」と、先生方に檄をとばされているわけですから、大学入学後は、スポーツ三昧だった、アルバイト人生だった、という者もたくさんいます。将来を見据えて着々と準備をしているという人もいるのですが、これまた資格を取らねばとダブルスクールに行っていて、大学とは無関係といったような具合です。
父親のコネで入社したけれど自信がない。本当に自分のやりたい事が何だかわからない。よく考えてみれば、スポーツか音楽の方向に行きたかった。
資格を求めて専門学校に行っているが、本当にこんなことでいいんだろうか。
自分は、ついに大学四年間何もやってこなかった。とても社会に出る自信がない。
まあ、こういったような相談が実は、毎年確実に少しずつ増えているのです。また、私の講演会に参加している大学三年生、四年生といった人たちの割合も増えているのです。
経済が上を向いていて、何も考えず、それみんないい会社に入れという時が過ぎ去ってしまった今、何も考えず、ただ就職先を求めて走り回る若者と、ちょっと待て、自分の人生は一体何なんだと思う若者に分かれてきています。
大学受験で二科目とか三科目とかを受験という独特のテクニックに頼って勉強し、また、就職でも就職受験テクニックを学んで就職する若者には、その次に来るものは何もないのです。入社三年以内に三割の人が辞めるというのは、そういう結果だと思います。
大学在学中にこういったことに気づく若者も、また、出てきています。理系だったけれど入学して授業を受けてみて違うとわかったので、スッパリ辞める。このまま日本の大学に数年いるのとアメリカで勉強するのとでは、勉強の密度があまりに違うと思う、などです。
日本の大学は、ルイ・ヴィトンと同じブランドです。ブランドを捨てて名もないアメリカの小さな大学に行く、という決心は、なかなかできるものではありません。親や周囲はみんな反対します。
大学を出て、専門学校で資格を取ることを目的として勉強するのはともかく、アメリカに行ってこの先わからない事をするなんてとんでもない、人生そう甘くはないぞ、というのが普通の親の意見です。
何も考えずひたすらブランド大学に入学することのみに努力し、ひたすら、良いといわれる会社に入ることのみ考えてきたことが、結果としてみんな裏切られたという今の日本の現実があるにもかかわらずです。
人生の先なんて読めるはずがないのです。ほんの二・三年先でさえ、今では読めなくなってしまっています。狂牛病あり、ビンラディンあり、倒産ありです。
自分の頭と目と足とカンを信じて生きていけるように勉強しろ、というのがアメリカの教育です。一〇代の終わりや二〇代の初めは何もわからないので、なるべく広くたくさんのことを学んで自分を見つける作業をしろ、というのも原則です。
アメリカ人は、大学での勉強が大変なので、まず大学を出て半年か一年アルバイトをしながら就職先を探します。たいした技術や技量もないので、まず、いろいろやってみます。何しろ、最後に自分を生かせる会社に入れればいいし、また、何か自分で起業できればいいのです。大学院に進学することも自分のキャリアを上げるうえでとても大切なことです。世の中進めば進むほど学ぶことがたくさんあって、教育は長くかかるのです。
今年も暗い話が多くてあっという間に一年が終わります。
でも、若者がすべて手をこまねいているわけではありません。もがきながら自分の人生を模索している人も多く、勇気をもって夢を信じて世界に飛び立つ人もいます。こういう若者のお手伝いができる私の仕事は幸せです。
本年は、約三〇〇人、一五歳から六五歳までの方々のお手伝いをしました。
二〇〇二年九月に向けての人たちをもう既に二〇〇人抱えて奮戦中です。留学研究所は来年も元気です。
|