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ニューヨークに数年振りに来ました。息子の私用を兼ねてニューヨーク大学大学院を訪ねたのです。私の長男は、英語力もサッパリという状況で、田舎の小さなリベラルアーツ・カレッジに入学し、この5月にやっと卒業に漕ぎつけました。小さなカレッジですから、至れり尽くせりで家庭教師までつけて面倒をみてくれるものですから、英語力不足でもアメリカの生活に慣れていなくてもちゃんとやっていけるのですが、ニューヨーク大学のようなマンモス校になるとそうはいきません。
大都会の真ん中にビルがいくつもあり、それもあちこちに散らばっています。一つのセクションに出かけても、別のものが要る場合、また、別のビルディングに行かなくてはなりません。その間がとても遠いのです。また、各セクションのスタッフがそんなに親切ではありません。みんな忙し過ぎるからでしょうか。留学生に親切にするなんてこともありません。留学生なんていて当たり前なのです。私の息子は、大学の成績、大学の担当教授や学長からの推薦状と教授との直接の面接およびオーディションで入学することができました。大学での専攻は音楽で、大学院の専攻は音楽教育です。
入学前に英語力のテスト(それはTOEFLを600点出していようが関係なく全員に要求されます)と面接があって、その結果が教育学部のコーディネーターに伝えられ、その人のアドバイスをもとに教授と相談してどんなクラスを取るか決めなければなりません。
テストと面接の結果があまり良くないと、英語の授業を受ける時間が長くなるため、専門のクラスを取る時間のやりくりがむずかしくなります。こういった一連のことを各セクションで話を聞き、テストを受ける日も、相手が指定する数日の中で前もって約束をとらなければなりません。
また、寮の申し込みは全く別で、5月中にすべてが用意されて入寮の申し込みをし、2000ドルの申込金を支払った者には寮の確約がされますが、それ以降はサッパリどうなるやらわかりません。また、希望する寮に入れるかどうかもわからず、クラスのある建物とバスで30分くらい離れている建物になることだって充分に考えられます。心配になってわざわざオフィスに聞きに行っても、7月頃まで何もわからないから待て、の一言で、相談になんか乗ってくれませんし、ましてや電話の問い合わせになんかほとんど出てもくれません。
小さなカレッジなら、一人の人が全部、付きっきりで懇切丁寧にやってくれるのですが、まあ、たいへんな違いです。
私の研究所では多くの人が小さな大学に入学し、数年アメリカの生活に慣れてから、こういった大きな大学の大学院に入ったり、大学に編入したりするのですが、それでも、慣れるまでどれだけ大変か、語り草になるのです。ましてや、日本から直接こういう大きな大学に行った人は、もう聞くも涙のストーリーになるわけです。
息子のことだけではなく、仕事の関係もあって寮に入れなかった人のための、長期滞在施設をいくつか見学してみました。YMCAやインターナショナルハウスなどいくつかあり、インターナショナルハウスは大学院や研究者専用のなかなか立派なものでしたが、それ以外のものは費用が安いのはメリットですが、よほどアメリカ人とアメリカの都会生活に慣れていなければ、心細くなって自分を見失うか、慌てて日本人を探してピッタリくっついてしまうか、というようなことを連想させるものです。
しかしながらニューヨークには、寮のない大学や、ほとんど入れない大学もたくさんあり、このような施設を利用するか、ともかく高いお金を払ってホテルに滞在しながらマンションを探して住むということを余儀なくされます。現在ニューヨークのマンション費用はワンルームで月に1400ドルくらいします。
それでもニューヨークは何か得体の知れないエネルギーに満ちあふれていて、たくさんの外国人を惹きつけるものがあり、私の研究所から留学した人で、田舎の大学や大学院を卒業してニューヨークで働いている人はたくさんいます。とくに日本企業から求人もたくさんあることは前にも書きました。何人かの若い人たちに会いましたが、街の華やかさとは別に、生活は質素なものです。小さなアパートでのシンプルライフ。
よく雑誌などで紹介されている外国で活躍するキャリアウーマンというような人にはそうそうお目にはかかれません。何のベースもない外国でそうそう若くして成功物語なんてあるわけはないのです。でも、ニューヨークでなら店員さんをしていても、ただのOLでも、小さなアパート暮らしでも、何となく、自分はちょっと違うと思えるのが、ミソです。つまりそんな雰囲気がこの大都会にあります。
英語を使って生活しているということそのものに日本人は何となく優越感を感じるという変なところもあります。
本屋さんもあらゆる日本食のレストランもお饅頭屋さんさえ日本と全く変わらない立派なものがあります。昔の、ちょっとさびれた日本関係のお店なんていうものはなくなりました。たくさんの日本のものが違和感なくニューヨークに定着しています。
私は、昔からよく泊まる日本の団体客が来ることのないちょっと高級なホテルに宿泊しましたが、四日の間に一組の日本人しか見かけませんでした。バブルが崩壊したことがこんなところにまで出ています。摩天楼を見渡せる部屋に、ニューヨークで働いている卒業生を十人ほど呼んで、「ここからニューヨークをよく見て、もっともっとビッグにならなければ。もう学生ではないんだから、なぜ、自分がニューヨークにいるのかよく考えなさい」とゲキを飛ばしておきましたら、みんなとても興奮して、やる気になって帰って行きました(ニューヨークにて)。
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