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最近『福祉・カウンセリング留学 in USA』という本を著しました。心理学やカウンセリングに興味をもつ人がとても多いからです。その中に、アメリカで行われているカウンセリングの実態が書かれていますので、ここに紹介したいと思います。
――L中学校のJ君は、授業中の態度が悪いうえ、宿題もやってこない状態が続き、国語のT先生の再三の注意もきかなかった。国語の単位を落とすことを心配したT先生は、ガイダンスルームにいるスクールカウンセラーCさんに会わせた。
J君が学習障害をもっている可能性を感じたCさんは、同校に専用室をもつスクールサイコロジストのPさんに相談。二人はJ君の小学生以来の成績記録などに基づき検討した結果、Pさんは、J君が学習障害をもつ可能性は低いと指摘したうえで、必要があれば言語能力を測るテストを約束した。
Cさんは、J君の様子から、J君が親からのケアをほとんど受けていないとの印象を受けたので、学区担当のソーシャルワーカーSさんと連絡をとった。
Sさんは、J君へのインタビューを通じ、両親が離婚していてJ君は母親と二人暮らしをしており、母親は離れて暮らす自分の母の介護に忙しくて家を空けがちだということを知った。Sさんは、Cさんと協力してJ君の母親と話し、同時に、老人介護サービスの受け方を老年学を専門とする知人のソーシャルワーカーRさんに教わり、母親に知らせた。
Cさんは、J君とのセッションしながら、J君が言葉による表現があまり得意ではないこと、J君がCさんとのセッションの中で「話す」ことにフラストレーションを感じている様子を実感した。そこで、知人のアートセラピストAさんがコミュニティセンターで行っているグループセッションへの参加をJ君に提案したところ、美術が好きなJ君は参加し始めた。
一方J君の母親はRさんからの情報を得て、その母親への介護サービスを受けられるようになり、時間的にも精神的にも余裕ができ、J君との会話も漸増していった。
CさんはAさんやSさん、J君の母親と連絡をとりながら、J君とガイダンスルームで会っていた。そこでJ君の態度が協力的になってきたこと、J君がセッションの中で話す量が増えてきたことに気づいた。
そんな折、国語のT先生からJ君の授業態度が好転し、宿題も以前より提出回数が増えたとガイダンスルームに報告してきた。その後の期末テストでも平均レベルの結果が出せ、学習障害の疑いもずいぶんと薄れたとのことである――
このようにして、J君はうまくやっていけるようになるのですが、じつにアメリカでは手厚いカウンセリングが行われていると言わざるを得ません。アメリカでは何でもサイコロジスト、カウンセラーと相談ばかりで逆に病気をつくるという反論もあります。しかしながら、異質な人が暮らす移民の国アメリカでは、なかなかお互いによくよく話さないでわかり合えるということはむずかしいので、おのずと、こういった合理的やり方が発達してきたことと考えられます。
日本も、小さな社会が緊密につながっていた田舎でさえも住宅や店舗がどんどん郊外に広がり中心が過疎化して人間同士の関係がとても薄くなってきています。加えて親子関係も労働戦士をつくるあまりたいへん希薄です。やはり、アメリカ的にカウンセリングの制度などをもっと採り入れて試行錯誤を重ねていく以外、いまのいわゆる青少年の問題もなかなか解決の道が見つかりにくいと思われます。
ところで、いま、カウンセリングの勉強を志す人が多いのです。先に紹介したプロたちは、アメリカではその多くを大学院で養成しています。なかなか大学レベルでは心理学のほんの基礎的なことしかやれません。
カウンセリングを勉強したいのは、おもに二つのタイプです。一つはボランティア大好きでカウンセリングとボランティアを勘違いしている人たちです。これは一から考え方を変えてもらわなければなりません。
カウンセラーは、どうしても人の毒気を吸うような仕事ですから、それなりに物事を合理的に割り切れる人でなければなりません。
もう一つは、自分が精神的に病んでいる、あるいは病んだことがあるという人です。こういう人が多くなっていることに驚きます。そういう方はたいてい心療内科にかかっています。がどうしても投薬治療になりがちです。やはり聞いてほしい、話したい、という欲求がとても強いように思います。したがって、自分を分析する意味でも、心理学やカウンセリングを勉強したいというのです。
こういった人たちがカウンセラーになることが、どうなのか(つまりカウンセラーは精神的に安定した合理的で強い人である必要があるので)、私としては未だ戸惑っています。
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