栄 陽子留学研究所の歴史。アメリカ留学に関する情報と指導


栄陽子留学研究所
卒業を目指した留学にこだわって36年

栄 陽子留学研究所の歴史

そのルーツ

1970年9月からCentral Michigan Universityの大学院教育学部に在籍していた栄 陽子は、その夏、在籍していたUniversity of Michigan付属の英語学校(通称 ESL)に、時々顔を出していました。自分のいた頃と同様、日本人同士が固まっていて、英語力が伸びず、したがって大学に入れないと、悩んでいるのです。
ほとんどの人がそんな状態でした。

英語力は低くても、持ち前の押しの強さで「私は、日本の中・高・大と10年間も英語の勉強したから大丈夫!」と無理矢理の交渉をして大学院に入学していた栄陽子にとって、アメリカの入学システムは良くわかっていました。入学に結びつく願書の書き方も熟知していました。だからせっかく来たアメリカで、大学にも入れず英語の勉強だけをしている人達を見ていると、大変もどかしく思い、ついつい声をかけるようになりました。多くの人が、自分の英語力では大学に入学出来ないと思い込んでいたり、大学や大学院でどのように入学交渉をすればよいのかが分からない、というのが共通点でした。それもそなはずです。日本とアメリカの入学許可システムはまったく異なっているからです。

そこで、一人一人の話をゆっくりと聞き、いくつかの大学を選び出し、どのような書類を持って、どのオフィスのどの先生にアポイントメントをとって面接にするか、どのような話をすればよいのかをアシストするようになってゆきました。ほとんどカウンセリングと言っていいでしょう。

すると、アシストをした人が、どんどん入学出来るようになり「ミシガンの田舎町に関西弁をしゃべるかわった姉ちゃんがいて入学を助けてくれるよ~」、というウワサが日本人の間に広まって、あちこちから栄陽子を訪ねて来る人が増えてきたのです。

帰国後、その助けた一人の学生の親が、栄陽子がしていることに大変興味を持ち、お礼方々、一度、東京に出てきて欲しいという依頼がありました。その依頼を受けて、生まれて初めて東京に出てきたのが、25歳の時でした。話しというのは、ある有名放送局が留学センターを設立したいという申し出で、そのメンバーとして迎えられることになったのです。しかしそこで問題がありました。その留学センタ-で、まず一番先にして欲しいことは、提携先を探して欲しいということだったのです。それは本来、栄 陽子が留学に抱いているフィロソフィ-とずいぶん異なっていました。つまり、100人学生がいれば100人とも、学力、英語力、経済力、希望、目的は、各々違うはずなのに、はじめから一つの大学に全員が入れられるということです。提携校というのは納得できないということでした。栄 陽子は一人ひとりにあった留学をアシストしたいと考えました。そこで六本木に小さな住居兼オフィスかまえ、自分一人で起業(今のベンチャーです!!)したのです。それが今から36年前で、今の栄 陽子留学研究所の始まりです。

それから30年余りがたち、その頃の生徒さんが今は50歳くらいとなり、会うと当時の話題で花が咲きます。今はそのお子さんたちが留学のご相談に来所されています。


SAKAE METHOD

栄 陽子留学研究所の留学方法論「SAKAE METHOD」は長年の留学のアシストの実績と研究にもとずいて作られています。そのル-ツは、栄 陽子本人の留学の経験の中にあります。

-栄 陽子 in UNIVERSITY-

栄 陽子留学の初日
セントラルミシガン大学で入寮日に到着すると、休む間もなく次の日に担当教授に会いました。すると、あまり良くわからない英語でどんどん取るクラスが決められ、クラスの登録させられ、次の日は教科書を買い、もう次の日には授業は始まっているという超スピードでした。実のところ、自分がなぜこのクラスを取っているのかさえよくわからない状況だったのです。

日本のように講座期間が1年ではなく、16週間で完結しているセメスター制ですから、8週間目には中間テストがあるというありさまで、(大学院で中間テストがあるというのも考えていませんでした)、もう、うろたえっぱなしでした。

スク-ルカタログの大切さ
その後わかったことは、アメリカでは大変なスピードで中間テスト、期末テスト、レポート提出と続きます。しかも日本のようにゆっくりとした建前だけのオリエンテーションはないのです。ではどのように授業などの内容を知るかというと、大学では事前にスクールカタログというものが発行されていて、学生たちは入学前にそれを読んで、どういうクラスを何単位取得してどのように単位を組み合わせて卒業までこぎつけるか、事前に目を通しておかなければならないということでした。そんなこと、少しも知りませんでした。

英語よりも日本語が大切?
また実際授業に出てみると、英語というより、日本語でわかっていないことを英語で勉強することが一番大変だということでした。例えば、英和の辞書を引いて、日本語で「公定歩合」と出てきたとしましょう。日本語でこの意味を知っている人にとってはすぐに理解できて次へ進めますが、そうでない人にはそもそも日本語で意味がわからないので大変なことになります。

授業の乗りきり方
私がアメリカで放送教育というクラスを取ったときのことでした。教科書を読んでいるうち、もっとも放送教育が進んでいるのは、日本のNHKの教育番組だということがわかったのです。あわてて友人知人に電話をかけて、NHKについての情報を集め、航空便で送ってもらい、それを元に授業のディスカッションで意見を述べ、レポートを書いたりして授業の後半頃になってやっとなんとか追いついてきて、おまけに先生の知らない情報まで提供できたものですから、先生から栄陽子はがんばり成長したと、喜ばれるにいたり、何とかギリギリの成績をもらったものです。こうした知識が事前にあったら、はじめからノイローゼになる寸前まで苦しまなくてもよかったし、当時の高い電話料や航空便の費用も必要なかったし、突然友人、知人に迷惑をかけることもなかったわけです。

SAKAE METHOD
栄 陽子留学研究所の原点とこの栄陽子の留学経験から、どのように自分にあった大学や大学院を選び出し、どのように大学に出願やアプロ-チをするかといったストラテジ-を組み立て、また入学後は、いかにうまく授業についてゆき卒業にまでこぎつけるかといったノウハウがだんだんと築かれていったのです。そしてそれが今、SAKAE METHODとして定着しているのです。



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